「いや、やめておくよ・・・・・・」 「いいのかよ・・・・・・」 「まあ、藤があんな調子なのはいつものことだし、こっちが気にしていないふりしてれば、あいつも元に戻るよ」 「さすがだな。幼なじみのことなら、何でもわかっちゃうってわけか」 「んなわけないだろ」 「そうですよ。久留間先輩のことを先輩が何でもわかってるなら、久留間先輩も慌てて逃げたりなんかしないでしょう?」 「ぐ・・・・・・」 「それもそうだな・・・・・・」妙に納得してうんうんと頷いている目黒を尻目に僕は藤の去った方を眺めた。 あいつ、大丈夫かな―― しかし、目線の先にいたのは藤ではなかった。 「おや?速水クン、僕に何か用かい?」 「別にお前を見てたわけじゃないよ」 こいつの名前は函南真人。何かと僕をライバル視してくる鬱陶しいクラスメイトだ。 「そういえば、君、休暇中に見かけなかったけど、どこかえ行ってたのかい?」 「まあな」 「ちなみに、僕は一週間ほどブリテンにいる友人のところにステイしてたよ。君はどこの国へ?」 「ずっと本州にいたよ」 「本州?名門速水家の御曹司ともあろう君が本州だって!?」 「別にいいだろ?おじい様の言いつけで東京にいたんだよ」 「東京?」 「おじい様が帝王学を勉強してこいって言うから、父上のところに行っていたんだよ」 「帝王学ねぇ・・・・・・」 「何だよ・・・・・・」 「いや、確か君のお父上は男爵とも縁のない商家の出じゃなかったかい?」 「だから何だよ」 「いや、そんなところで帝王学だなんて、速水翁も何を考えているのか、と吃驚しただけさ」 函南は鼻をフン、と鳴らした。 「・・・・・・父上を悪く言うな」 普段、毛嫌いしている父上のことだが、こいつにバカにされると腹が立ってくる。 「何だよ、やるってのかい?」 「お前なぁ・・・・・・」 「こぉーら」 まさに僕が函南の胸倉をつかもうと思った瞬間、二人の間に蓮奈さんが割って入ってきた。 「蓮・・・・・・いや、馴実先生・・・・・・」 蓮奈さんは、サーバント科の特別講師として週に数回、出勤しているのだ。 「駄目でしょう。速水君、函南君。一流の紳士を目指そうという二人が、こんなところで喧嘩しちゃ・・・・・・」 「あ、いや、別に喧嘩していたわけじゃないんですよ、先生。な?函南」 ちなみに、僕と蓮奈さんは、公私混同しないように、とうことで学園では『馴実先生』 『速水君』と呼び合うことに決めている。 話し方も敬語ではなく、一学生として扱ってくれる。むしろ、敬語を使うのは僕の方だ。 入学したての頃は混乱したけど、最近ではすっかり慣れていた。 「本当なの?函南君」 「ええ、まあ・・・・・・」 函南は蓮奈さんから目を逸らした。 「ふ―ん・・・・・・」 蓮奈さんは、『ふぅ』とため息をつくと、『もういいわ』と言わんばかりに肩をすくめた。 「では、次の授業の用意がありますので、失礼します」 函南は取り巻きたちと一緒に逃げるようにそそくさと講堂から去っていってしまった。 「函南のヤツめ、逃げやがって・・・・・・」 「ん〜、逃げるって?どゆこと?」 「ああ、いや、何でもないです。じゃ、僕も次の授業がありますから」 「はい。じゃあ、またあとで、ね」 蓮奈さんは行ってしまった。 見るといつの間にか桂の姿も、目黒の姿もなくなっていた。 さっさと教室に戻ってしまったのだろう。 まったく、薄情な連中だよ・・・・・・。 「僕も教室に戻ろう・・・・・・」
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