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ねこにゃ先輩の話。 作者:藤本麻衣子

最終回   1
 ここには、ねこにゃ先輩がいる。


 ねこにゃ先輩は普通の猫みたいな白い毛と、あまり見られない群青の瞳を持っている。
 いや、『群青』なんて安易な名で固定してはいけない。先輩の瞳は、ある時は春の海のように秋の蒼穹のように、またある時にはサファイアの水晶球や有田焼の蒼い顔料のように、さらには、時としてこの世のあらゆる「青」をもってしても打ち勝てないような色をもしていたのだから。

 ねこにゃ先輩は子供が好きだ。だからよく小学校の裏庭で散歩や昼寝をしている。気がのれば子供らと追いかけっこをする事もあるが、大抵はその時一番居心地の良い所でごろごろしている。
 子供らは学校で飼っているうさぎを撫で回したり雑草をやったりして弱らせてしまうが、ねこにゃ先輩には決して手を出さない。吼える声が猛々しい○○さん家の大型犬――最近ボケてきたのか飼い主に対してさえ吼えかかってくる――が先輩に対して敬意と畏怖を抱いているのを、彼らは知っているからだ。

 昼頃になると、ねこにゃ先輩は中学校へ行く。道路を挟んだ向こう側に中学校はあるから、猫の足でも十分で着く。
 ねこにゃ先輩は玄関マットで足踏みをした後、悠然と職員玄関から入ってドアを引っ掻く。(先輩の足では肉球のためにノックの音が小さいのだ)
「やあ、よく来たね」
 そう言ってドアを開けるのはひょろりと背の高い校長先生だ。二人は昔からの親友で、いつも先生のお弁当を半分こにしている。
 先生と先輩は互いに命の恩人なのだと言う。
 昔先生がまだ子供だった頃、先生は体が弱くてしょっちゅう入院をしていた。だから体力をつけるために、毎日夕方に散歩をするように言われていた。それにねこにゃ先輩がかかさずついて来てくれたのだそうだ。
 先生は少し甘やかされて育った子供だったから、ちょっと曇っていたり寒かったり気分が乗らなかったりすると『今日はさぼっちゃおうかな』と考えてぐずぐずする。するとねこにゃ先輩が軒に来て、障子戸の向こうからじっと先生を見つめるのだ。宵の口の空のような、深い蒼い瞳で。
 母親の小言よりも父親の叱責よりも、遥かにその視線を浴びるのが痛かったと先生は言った。そのおかげで散歩の習慣は身につき、先生は体育教師の資格を取るまでになったのである。

 そんなふうに、ねこにゃ先輩にはどこか人間臭さがあった。それも、大成した人格者のような。
 といってもそれは私が知っている範囲での話で、若輩の時にはいろいろと無茶をしていたらしい。鼠を追いかけるのに夢中になって壁の穴から抜けられなくなったり、魚を獲ろうとして川で溺れたり(それを助けたのが校長先生だ)――今の姿からは考えられない。

 その中でも一番の傑作は誰もが一度は聞いたことがある、あの○○家の親犬との対決だろう。

 その親犬は今の犬よりももっと大きくて猛々しく、吼えかけられれば大人でも思わず腰を抜かしそうなほど迫力があった。
 ある日、子供がお使いの帰り道にその家の前を通った。ちょうど犬は昼寝中で、子供は反対側の端まで遠ざかり、足音を忍ばせてそおっとその前を通りすぎようとした。
 が、不運なことに買い物袋が何かにあたり、がさっ! と大きな音を立ててしまったのだ。
 それを聞き逃す犬ではない。襲いかからんばかりの勢いで吼えたてられ、怯えた子供はへたり込んで動けなくなってしまった。その動けない相手に向かって、犬はさらに吼え猛る。
 ――ついに恐怖が一線を越え、子供は火をつけたように泣き出した。ただただ助けを求めて。だが子供は知らなかった。飼い主が出かけていたために、この場で犬を止められる人間は誰もいないということを。
 そこへ、白い旋風が走った。と子供が思った刹那、ねこにゃ先輩はそこに立っていた。
 その尻尾は天を突き、全身の毛が逆立っていたらしい。そのときあの双眸には紅蓮よりも熱い、蒼い炎が燃えていたと私は思う。
 低い唸り声を上げながら、白猫は猛犬を威嚇した。犬は長いこと大声で吼え散らしていたが、相手が威圧感を伴いながら一歩ずつ近づいてくるにつれて、だんだん勢いを落としていった。
 ねこにゃ先輩の足が犬の鼻面に触れる頃には、ご近所で有名な猛犬ははいつくばって震えていたという。
 以来、○○家の犬は先輩に対しては決して吼えなくなった。
 その教えを守り、犬の子供も先輩に敬意を払っているのだ――とは、この話をしてくれた元子供の弁である。

 夕方。みかん色の光を浴びながら、ねこにゃ先輩は屋根の上で歌を歌う。
 鳴き声に音階はなかったけれど、強弱がはっきりしていてメロディーになっていた。
 どんな思いが込められているのかは、誰にもわからない。けれど、その歌が悲しい響きを持つ事は、私の知る限り一度もなかった。

 ねこにゃ先輩には謎が多い。この呼び名さえ、誰が言いはじめたのかわからない。
 ねこにゃ先輩の子猫時代は、六十過ぎの方々でも知らない。その親も祖父母も知らなかったらしい。四十歳周辺になると、先輩がどじをした姿を見た人もいなくなる。
 だから、ねこにゃ先輩にはたくさんの『伝説』がある。
 実は千年も生きてるとか、化け猫の大将だなんていうのは可愛いほうで、月代王の家来だとか、安部清明の式神で脱走したのだとか、脚色たっぷりに話されている。
 けれど、その一方で。
〈あいつは、巫の生まれ変わりだよ〉
 真実味を帯びた声で、誰ともなしにそんな話が語られていた。

 巫。
 神を鎮める、シャーマン。
 歌や踊りを好んだここの土地神は、巫との意思疎通さえ歌を用いたという。
 その中でも特に優秀な巫は、その歌で日照りに雨を降らせ、不毛の地に草を生やす事もできたらしい。
 背筋を伸ばし、風に髭をなびかせて。紅と金色が混ざり合う中で歌う先輩の姿は確かに凛々しく、神々しい。人々が納得してしまっても無理はないと思えた。

 ある、秋の日。いつものように台風が来て、珍しくその直撃を受けたあの日。
 枝葉が飛び――ポリバケツが舞い――誰ぞのエロ雑誌が羽ばたき――ある家は瓦の直撃で窓ガラスが割れ――またある家は物干し竿が去り――排水溝からは泥水があふれ、家々の玄関を浸食し――車のタイヤが半分以上浸かった、あの日。
 ……ぉ……ぉぉ……
 ……ゃぉ……ぉぉぉ……
 誰もが耳を疑った。空耳だと思った人さえいた。
 だが、六割以上の人間が認識した。
 荒れ狂う風雨の中、ねこにゃ先輩の鳴き声が響き渡るのを。

 私は屋根裏へ駆け上がり、窓を開けて身を乗り出した。
 前を、左を、そして右を見たとき白いかたまりが目に入った。
 屋根の頂上、滑りやすい瓦の上で危なげもなく立ち、声を張り上げる白毛の猫――
 途切れ途切れに聞こえる声、いや、「歌」は確かに空へ向けられていた。
 高く、より高い場所へ届けようというその歌には、追い払うための激しさはない。むしろ、労い、懇願に満ちていた。
 そのとき、私は諒解したのだ。
 巫は歌によって神を鎮め、日照りに雨を降らせ、不毛の地に草を生やす。
 違うのだ。
 私たちは願わなければならないのだ。巫が自然を支配するのではなく、自然が巫次第で振る舞いを定めるのだ。

 日が沈み、最後の明かりが消えた後でも、ねこにゃ先輩の歌は続いていた。


 台風は予想よりも早くこの土地を立ち去り、海のほうへ流れて行った。
 後からわかった話によると、近隣の山の中腹辺りで崖の地盤が緩んできており、あれ以上台風がここにいたら、この土地は土砂に呑まれてしまったかもしれなかったそうである。

 そして。
 あの次の日から、ねこにゃ先輩の姿を見た人はいない。知る限り先輩がいた全ての場所から、いなくなってしまった。
 大人たちは風のために飛ばされたのだろうと思った。老人達は慎ましく立ち去ったのだと語り合った。子供たちはまたひょっこり帰ってくると信じていた――結局それは叶わぬ夢だったけれど。


 今では、ねこにゃ先輩を見たことのない人のほうが多い。
 目で見たものすら信用しない人々は、ねこにゃ先輩の話を一笑にふす。そして政治や不景気や興味本位の噂について語り続けるのだ。
 やがて、昔からの仲間たちは、ねこにゃ先輩の話をしなくなっていった。


 だから私はここに記す。
 先輩が存在したことを、他の誰かに伝えるために。
 そして、それ以上に、私自身が疑わないために。


 ここには、ねこにゃ先輩がいる。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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