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くちにしたもの 作者:藤本麻衣子

最終回   1
 自転車のかた手運転ができるようになって、一番便利だと思ったのは、皮のふやけていないもなかアイスが食べられるようになったことだった。バニラ味のラクトアイスの間にうすいチョコがはさんであるのが好きで、帰り道のコンビニに通ってはそればかり食べていた。
 昼でも夜でも、コンビニはまぶしい。ドアを押し開ける人とすれ違って、皓々と輝く店内に入った。いちごの季節はもう終わったらしく、その場所を抹茶アイスが埋めている。ひとつだけ売れ残ったクレープアイスの、口ひげのおじさんが私に笑いかける。残念ながらお金がないので、その霜を帯びたパッケージから目をそらした。
 雑誌コーナーに目をやって、まだ読んでいないものがあるか、人壁の隙間から確認する。ここに居据わる人々は、どうしてみんな黒い服を着ているのだろう。男も女も、夏も冬も、彼らはモノトーンに落ち着いている。
 反対側を見れば、白のジャンパーの男性とカフェオレ色のピーコートを着た女性は、手をつないだまま惣菜を物色している。青いつなぎのトラック運転手は、ひと筋の迷いもなく烏龍茶のペットボトルを取り出してレジに向かう。おそろいの緑のジャンパーで酒コーナーに佇む二人連れは、ポテトチップスやピーナツチョコの入ったかごを挟んで話し込んでいる。ビールとチューハイの割合を決めかねているらしい。
 チューハイの不味さに気がついたのは、500ミリの缶ビールをひとりで空けられるようになった頃だった。うまいうまいと飲む私に、親しい先輩が「酒に慣れたら不味く思うようになるよ」と言っていたのだが、他の彼女の予言と同じようにその言葉は的中したのだった。
 その頃には、私は自分が瓶ビールを5、6本は軽く空けられることを知っていたが、友人たちには黙っていた。少量口にしただけで私は充分酔っ払うことができたし、不味い酒を飲むのは趣味ではなかった。
「大丈夫?」コップ1杯のチューハイで千鳥足になる私を、それ以上に飲んでいる友人たちは常に左右ではさんだ。居酒屋の階段を下りるときなど、前後に控えて構えてくれた。「ほんとに大丈夫?」
 悪いことをしたと、思っている。
 店を一通り回り終え、読みたい雑誌もなかったので、おでんを買った女性と一緒に店を出る。びゅうと枯葉を躍らせる、この風は冬風だろうか春風だろうかと考えて、梅の木につぼみがついていたことを思い出す。そういえば、レジにはもう道明寺が並んでいた。私はずっとあれがさくら餅だと信じていたが、桜色のうす皮で餡を包んだ道長寺を、ここではさくら餅と呼ぶらしい。私も友人も、互いの言葉にびっくりしていた。
 そういえば、郷里に道長寺のおいしい店があると、教えてくれたのも彼だった。苦学生で甘いものがなかなか買えないので、水ようかんを作ってやるとなんでも頼みごとを聞いてくれた。棚の組み立てや、台所の水漏れ他諸々。ある意味では女友達よりも近い存在だったかもしれない。
 後ろから激しくたたかれたような衝撃に、私は反射的に頭を抱え体を縮めた。耳を刺し貫き、そのまま下へ斬り下げる。クラクションはそんな音をしている。
 かた手運転で、止まらなかった私が悪かったのだろうか。ブレーキを踏みそこねた、相手が悪かったのだろうか。どちらでもいい。ただ口にしたものを反芻する中に、彼のさくら餅が入らなかったことが悲しい。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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