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ゴーストの法則! 作者:黒木美夜

第6回   見たくない!
 塾の帰り。
 うちはそんなに経済的余裕はないから、塾には金曜だけ通っている。親は、もう少し増やしてもいいよって言ってくれるけど。あんまり、負担をかけたくないしね。
 だから、塾への往復の時間がもったいないよって言って、残りの日は家で勉強している。
 やる気さえあれば、一人でもなんとかなるもんだ。
 こんな時間に家に帰るのも、週に一度だけ。
 もう夜も11時近くになると、人通りが少なくなる。繁華街ならともかく、普通の住宅街なんて、駅から家に帰るまで、一人の人にもすれ違わないことだって、けっこうある。
 街灯も暗いし……。
 幽霊の存在なんて頭から信じてなかった頃はともかく、今は……ねえ。私にとっては動かしがたい証拠が今も目の前にいるから、ちょっと不気味に感じてしまう。
 もっとも、生きた人間のほうが、場合によっては怖いけれど。
 刃物をもった人間と、サトルみたいな幽霊とじゃ、どっちが危険か一目瞭然だものねえ。
 ……そういう意味じゃ、サトルがいてくれるのは心強いかも。
 そりゃあ、人間相手にサトルは何もできないわよ? 助けを呼ぶこともできないし。でも、不安は紛らわせてくれる。
 相変わらずの、どつき漫才みたいな会話でも、ね。

 家に帰るには、公園を一つ横切らないといけない。公園を通らなくても帰れるけど、ここが一番近道だから。ずっと通い続けている道だから、どうってことはないはずなんだけど。
 でも、この数週間、妙に悪寒がするのだ。
 今日も、街灯は点いているのに、なんだかやけに濃い闇がよどんでいるようで……。
 私の足は、公園の入り口で止まっていた。
『……怖いなら、他の道通っていけば?』
 サトルがチャチャをいれる。
 本当は、私のことを案じて言ってくれてるのかもしれないけど。でも、声の表面ににじませた、からかうような声音に、私の意地が反応した。
「怖いわけ、ないでしょ! ちょっと、考え事してただけよ!」
 私はずんずんと歩きだした。
 もちろん、暗がりに覆われた公園の中を。
『あ〜、ヘンなところが強情なんだから〜』
 いつものゆるみまくったサトルの口調。でも、どこか緊張感がにじんでいる。

 ……なんだろう。
 いつもの公園。そのはずなのに。
 いつもより……出口が遠い。
 それに……
 だめだ、足が……止まる。
『……真智』
 サトルがいてくれることが、ここまで心強いとは思わなかった。
「サトル……なんなの、これ……」
 自分の言う「これ」が何を指しているのか、私自身もよくわからない。
 だけど、サトルは判ってくれたようだ。
『……オレの同類がいる』
 あう……やっぱりぃ?
 極力、考えないようにしてたのよね。
 サトルがいるんだから、他にも幽霊がいるってこと。
 それも……。
『ただし、オレと違って凶悪だけどな』
 そう、刃物で人を傷つける生きた人間がいるように、悪意を振りかざし、人を傷つける幽霊だっているはずなのだ。
 サトルと出会ってから、そんな幽霊がいるという可能性を考えてはいたけれど、こうしてその存在を突きつけられると……やっぱり怖い。
『……ずっとオレと一緒にいて、幽霊の気配に敏感になってるんだな』
「え? ああ……今までここを通っても、何も気づかなかったもんね」
 先週の金曜もここを通ったけど、何も感じなかった。
『いや……そうじゃなくて。
 あいつはもともと……真智に憑いてた』
 へ〜、そう、私に憑いて……って!
「どういうこと!?」
 叫ぶ私の目の前に、巨大な顔が浮かぶ。
 ひたすら虚ろで、だけど悪意だけを残した……顔。
 そうだ、サトルに初めて出会った直前、お化け屋敷で、私は……こいつを、見た。
『逃げろ、真智。あいつは、おまえを殺すつもりでいる。
 あいつは、努力してる若い奴が大好きなんだ。少しずつ魂を喰らって、じっくりと死に追いやる。
 もっとも……今回は、オレが邪魔したせいで、一気に片を付けるつもりになっちまったみたいだけど』
「え……」
 私は、悪霊と対峙するサトルの後ろ姿を、じっと見つめていた。

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Novel Editor