塾の帰り。 うちはそんなに経済的余裕はないから、塾には金曜だけ通っている。親は、もう少し増やしてもいいよって言ってくれるけど。あんまり、負担をかけたくないしね。 だから、塾への往復の時間がもったいないよって言って、残りの日は家で勉強している。 やる気さえあれば、一人でもなんとかなるもんだ。 こんな時間に家に帰るのも、週に一度だけ。 もう夜も11時近くになると、人通りが少なくなる。繁華街ならともかく、普通の住宅街なんて、駅から家に帰るまで、一人の人にもすれ違わないことだって、けっこうある。 街灯も暗いし……。 幽霊の存在なんて頭から信じてなかった頃はともかく、今は……ねえ。私にとっては動かしがたい証拠が今も目の前にいるから、ちょっと不気味に感じてしまう。 もっとも、生きた人間のほうが、場合によっては怖いけれど。 刃物をもった人間と、サトルみたいな幽霊とじゃ、どっちが危険か一目瞭然だものねえ。 ……そういう意味じゃ、サトルがいてくれるのは心強いかも。 そりゃあ、人間相手にサトルは何もできないわよ? 助けを呼ぶこともできないし。でも、不安は紛らわせてくれる。 相変わらずの、どつき漫才みたいな会話でも、ね。
家に帰るには、公園を一つ横切らないといけない。公園を通らなくても帰れるけど、ここが一番近道だから。ずっと通い続けている道だから、どうってことはないはずなんだけど。 でも、この数週間、妙に悪寒がするのだ。 今日も、街灯は点いているのに、なんだかやけに濃い闇がよどんでいるようで……。 私の足は、公園の入り口で止まっていた。 『……怖いなら、他の道通っていけば?』 サトルがチャチャをいれる。 本当は、私のことを案じて言ってくれてるのかもしれないけど。でも、声の表面ににじませた、からかうような声音に、私の意地が反応した。 「怖いわけ、ないでしょ! ちょっと、考え事してただけよ!」 私はずんずんと歩きだした。 もちろん、暗がりに覆われた公園の中を。 『あ〜、ヘンなところが強情なんだから〜』 いつものゆるみまくったサトルの口調。でも、どこか緊張感がにじんでいる。
……なんだろう。 いつもの公園。そのはずなのに。 いつもより……出口が遠い。 それに…… だめだ、足が……止まる。 『……真智』 サトルがいてくれることが、ここまで心強いとは思わなかった。 「サトル……なんなの、これ……」 自分の言う「これ」が何を指しているのか、私自身もよくわからない。 だけど、サトルは判ってくれたようだ。 『……オレの同類がいる』 あう……やっぱりぃ? 極力、考えないようにしてたのよね。 サトルがいるんだから、他にも幽霊がいるってこと。 それも……。 『ただし、オレと違って凶悪だけどな』 そう、刃物で人を傷つける生きた人間がいるように、悪意を振りかざし、人を傷つける幽霊だっているはずなのだ。 サトルと出会ってから、そんな幽霊がいるという可能性を考えてはいたけれど、こうしてその存在を突きつけられると……やっぱり怖い。 『……ずっとオレと一緒にいて、幽霊の気配に敏感になってるんだな』 「え? ああ……今までここを通っても、何も気づかなかったもんね」 先週の金曜もここを通ったけど、何も感じなかった。 『いや……そうじゃなくて。 あいつはもともと……真智に憑いてた』 へ〜、そう、私に憑いて……って! 「どういうこと!?」 叫ぶ私の目の前に、巨大な顔が浮かぶ。 ひたすら虚ろで、だけど悪意だけを残した……顔。 そうだ、サトルに初めて出会った直前、お化け屋敷で、私は……こいつを、見た。 『逃げろ、真智。あいつは、おまえを殺すつもりでいる。 あいつは、努力してる若い奴が大好きなんだ。少しずつ魂を喰らって、じっくりと死に追いやる。 もっとも……今回は、オレが邪魔したせいで、一気に片を付けるつもりになっちまったみたいだけど』 「え……」 私は、悪霊と対峙するサトルの後ろ姿を、じっと見つめていた。
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