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ゴーストの法則! 作者:黒木美夜

第5回   やってらんない!
 たとえば、勉強中。
『なぁなぁ、ちょっと遊ぼうぜ〜』
 幽霊と? 何をして?
 私は辞書を片手に、明日の英語の予習をしている。初出の単語を調べて、ノートにまとめて、本文に訳をつけて。
『暇なんだよ〜。この部屋、テレビも何もないし〜』
 自力じゃ本も読めない、パソコンもトランプもその他諸々にも触れないじゃ、確かにテレビ見るくらいしかないだろうね。
 でも、だからって。
『ちょっとは相手してくれてもいいじゃんよ〜』
 あんまりうるさいとね。
『なぁって。真智だってちょっとは休憩しないと……げふ』
 ……定規でひっぱたきたくなったりも、するんだからねっ。

 たとえば、学校の休み時間。
「え〜、うっそ〜」
 私だって、休み時間は満喫する。
 ちゃんと休憩しないと、疲れて授業中の集中力が落ちるから。
「ほんとだよ〜。それに、全身ピンクのおじさんを見たこともあるよ〜」
 今日の話題は街で見かけたヘンな人。
「女装のおじさんなら、何回か見たことあるけど」
「女装してて、なおかつスカートがバスタオル巻いたモノってのは、ないでしょ?」
「うっそ! そんな人、いたの??」
「いたいた〜。カナちゃんと一緒に見たよ〜」
 それは……見てみたいけど見たくないかも。
『オレ、全身タイツで……』
 ばちっ!
『はぐうっ』
「? どうしたの、真智?」
 突然定規を振り回した私を、友人たちは不思議そうに見ている。
「なんでもないよ。気にしないで」
 ちょっとは気にしてくれと、苦悶するサトルの横で、私はにっこりと笑った。

 たとえば、お風呂。
 脱衣所で服を脱ぎかけ……なんらかの気配を感じて止まる。
「………………(怒)」
『どうしたの? お風呂、はいらないの?』
 脱ぎかけの私の服を、触れもしないのにつんつんと突いているアホがいる。
「出て行け〜!!!」
『がふっ!』
 定規でサトルを叩きだし、ようやく私はお風呂に入れた。
 まったく、何が悲しくて、定規持参で入浴しなきゃならないのよ。
 見えない幽霊に覗かれるのは、その存在すらこっちは認識できないから気にならないけど、思いっきり見える相手に見られて、平気なわけ、ないじゃないか。
 ……ばか。

 そんなこんなで、サトルとの生活が始まってから五日が経った。
 今日は金曜日。
 明日明後日と学校が休みだと思えば、気が楽になる一日だ。
 私は体力に自信がないから、休日は必要不可欠なのよね。ずっと学校に来てると、疲れるから。授業は好きなのにな。
 家を出て、今日もよく晴れた空の下を歩く。
 そこで私はサトルを見上げた。
 人がいる場所だと、うっかりサトルと目を合わせることもできないのよね。たとえ中空に向かって話さなくても、変な目で見られるから。
 いくら幽霊で、いなくなってほしい相手でも、見えるものを無視し続けるのは難しい。だから、勉強もできない、人も少ない駅までの道は、サトルと話すことが多かった。
「ところで……あんたさ、なんか……薄くなってない?」
 そうなのだ。ずっと気づかなかったけど、今朝起きて、何かおかしいと思ったの。
 最初出会った頃に比べて、サトルの向こうがよりはっきりと透けて見える気がする。
 毎日少しずつ、薄くなっていってるのかもしれないけど。
『…………』
 間がある。
 ……なんだろう、この間は?
「ねえ。どうしたの?」
『え〜だって、そりゃあさ。
 毎日日にち、真智の勉強に対する妄執がつまった定規で叩かれてたら、そりゃあ存在だって薄く……』
 べちっ!
「殴るよ!」
『殴ってから言うなよ〜』
 だいたい、妄執ってのはどういう意味よ。
「殴られるのは、自業自得でしょ。私の邪魔はするなって言ってあるのに」
 毎晩毎晩、性懲りもなく人のお風呂覗こうとして。
 ……まぁ、お風呂以外のことでは、私、自分がこんなに手の出やすい質だとは思ってなかったけど。
 ま〜、ここんとこ悩んでた肩こりや倦怠感がなくなって、珍しく元気が余ってるせいかもしれないけどね。
『いいじゃん、風呂覗くくらい〜。減るもんじゃなし……。
 はっ! いや、嘘です! もうしません!!』
 定規を構える私を見て、サトルは慌てて首を振った。
「今度やったら、シャーペンで刺すからね!」
 もちろん、一番威力のきつい奴で。
『は〜……』
 ため息をつくサトルは、ずいぶんと疲れているように見えた。
 だけど私は、彼が撒いた種だと思い、気にも留めなかった。
 この夜、私は今までの人生で一番後悔することになる。

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Novel Editor