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ゴーストの法則! 作者:黒木美夜

第3回   信じられない!
 呆れるほどに真っ青な空に、切り抜いたような白い雲がいくつか浮かんでいる。
 涼やかな風がさわさわと優しく髪を撫でてはせっかくセットした髪型を乱し、数羽の小鳥のかわいらしい鳴き声がうるさくてかなわない。道ばたで丹念に毛繕いをするトラ猫は無意味に幸せそうで、朝の散歩をするコーギーはないに等しい尻尾をやめときゃいいのに無理して振っている。
 ……朝だ。
 なんていうか、むかつくほどにさわやかな朝だ。
『ねーねー、どうしたの? 朝から機嫌が悪いね?』
 誰のせいだと思ってんのっ。
 私だって、自然現象や小動物にまで当たりたくなんてないのよっ。
 基本的に、私は動物が好きだ。飼ったことはないけど、可愛いと思う。思うだけで、かまったり餌をあげたりなんてことはしないけど。
「今朝ほど、昨日のことが夢であればよかったのに、って思ったことはないわ」
『え〜なんで〜? 文化祭って楽しいもんだろ?』
 ……あんたさえいなけりゃ、百歩譲って楽しいって言ってもいいけどね。
 私は胡乱な目つきで睨んでやった。
 それでもその視線に気づいてないのか、気にしないのか、サトルは飄々とした顔で流れる雲を目で追っている。
 …………そんなのんきな顔をしていられるのも、今のうちだからねっ。
「今日は秘策を用意したのよ!」
 私は勢いよく、ポケットからそれを取り出し、サトルに突きつけた。
 じゃらん、と垂れ下がる、数珠。
『……………………』
「……………………」
 そして訪れる、沈黙。
 あ、あれ? 幽霊って、こういうものを怖がるんじゃないの?
『……あのさ、真智、それ、信じてないだろ?』
 え? なに、信じてないって?
 そりゃあ、数珠なんて、おばーちゃんのお葬式のとき以来、触ってないけど。
『オレたちは、そういうものに込められた信仰心が怖いの。怖いっていうより、眩しいんだな。眩しいのは、精神の力だから。物理的な力はオレたちに何の影響もないけど、精神的な力はオレたちを傷つける。
 信仰心のないやつの数珠なんて、ただのでかいブレスレットさ』
 ……ぶ、ブレスレット……
「……じゃあ、ロザリオ用意してもだめかしら」
『真智って、クリスチャン?』
「………………」
 そんなわけないでしょーって思ってるのが見え見えの顔で、サトルは私を見ている。
 そーよ、悪かったわね! どうせ、平均的な日本人のたしなみとして、ケーキとプレゼントのためにクリスマスやってる程度よ!
「そもそも、なんのために私に憑いたのよ? 縁もゆかりもない人間によ? それとも私、あんたの恨みを買うようなこと、した?」
 それなら、いくらでも謝ってあげるけど。
 …………離れてもらうために。
『いや〜? 真智に憑いたのは、気に入ったから、かな〜。つーか、むしろ、気になった?』
 気になったって、何がよ?
『まれに見る現実主義者なとこ?』
 私に聞くなっ!
 答えになってないじゃないか。
『お〜い、待ってよ〜』
 怒って大股で歩く私を、情けない声をあげながらサトルがついてくる。……というより、憑いてくる? どうせ、慌てて追いかけてこなくても、離れられないんでしょ。
 ……まったく、もう。

 そして、数学の時間。
「え〜、文化祭でたるんだ空気を引き締めるために、抜き打ちテストを行う!」
「ええ〜!!!」
 教室中、大ブーイングだ。
 突然のテストで狼狽えるのは、日頃勉強してないからだ。定期試験前だけ集中して勉強するから、いきなりのことに慌てることになる。
 ……というのを持論にしている私は、取り乱すわけにはいかない。本当はテストなんて、いつやったってプレッシャーがね……。
 それに昨夜は、誰かさんのせいで……幽霊に憑かれたってことがショックで眠れなくて、実はちょっと自信がない。
「制限時間は20分だ。いつも俺の授業をちゃんと聞いていれば全部解ける!」
「え〜」
 今度は、ちょっと小さめのブーイングが。
 先生の授業は解らないって意味かしら、今のは?
 まぁ、仕方ない。嫌だと言ってなくなるものでもなし。
 木原先生が全部解ける、なんて言うのは珍しいから、今日の小テストは本当に簡単なのかも。
 プリントが配られて、先生が開始を告げる。
 うう〜。
 結構、難しいじゃないかぁ〜。
 この公式、まだ習ったばっかりでうろ覚えなんだよね。
 ……なんて私が悩んでいると。
『なぁ、真智。他の奴の答え、見てきてやろうか?』
 などとアホなことを言っている奴がいる。
 もちろん、私は無視を決め込んだ。
『オレだって役に立つんだぜ? なぁ、どいつならちゃんと判ってそうだ?』
 ああ、もう、うるさい!
 私は、カンニングなんて趣味は持ってない!
 そもそも、他人の力やメモ見てとった点数じゃ、自分の実力は量れないし、自分の知識に結びつかないじゃないか。
 大丈夫、公式なんて、そのうち思いだすから。
『なぁ、オレなら絶対ばれないから……』
「(怒)」
 私は怒って、横に立っているサトルに愛用のシャーペンを突き立てた。
 物理的なモノで殴ったところで、あいつには痛くもかゆくもないんだろうけど。
『ぎゃっ……!』
 ええ?
 苦しみだしたサトルの姿に、私は思わず腰を浮かす。
「どうした、笹原?」
 あ……やばっ。
「あ、すいません! ちょっと、虫が……」
「虫?」
「いえ、もう、逃げました! テスト、頑張ります!」
 私は敬礼し、がばっと机にしがみつくようにして答案用紙と睨みあった。
 先生は、ふん、と小さく鼻を鳴らして、腕時計を見る。
 私も、時計を見た。
 ああ〜、もう半分しか時間が残ってない!
 私は、苦悶するサトルを完全に眼中から追い出し、テストのことだけ考えることにした。

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Novel Editor