「ね〜ね〜真智、どうしたの、いつにもまして仏頂面して」 「え? ああ、なんでもないよ。ちょっと、考え事してただけ」 友達に話しかけられて、私は慌てて笑顔を取り繕った。 私は笹原真智。十六歳の女の子だ。 今日は私の通う高校の文化祭。 普段はそれなりに進学校で、けっこうハードな授業が行われているんだけど、こういうモノは授業を休んできっちり行われる。 むしろ、他の高校より盛り上がるくらいだ。どういうわけかうちの学校は変人が多くて……(失言)。女装コンテストにコスプレ大会、とりあえず自分の好きなものについて語る討論会だとか、よくわからないものもある。なぜか校内至る所にハリボテが飾られたり。でもってそのすべてが妙に凝ってるんだ。 ただ、女子も男子もチャイナドレスでまとめた喫茶店なんて、こだわり方が微妙に間違ってる気がしないでもない。 そんでもって、その準備のために費やされる時間は半端じゃない。私としては、文化祭なんてやらずに、普通に授業しててほしいんだけど。 「真智の考え事? 数学の公式でも思いだしてた?」 …………やっぱり、そういう目で見られてるのね、私って(汗) 私、笹原真智は、超がつくほど現実主義者だ。 無駄なこと、将来の役に立たないことはほとんどしない。周りからは、勉強以外に興味のない、つまらない人間、に見えているだろうと思う。 そんな私でも、友達がいるんだから不思議だけど。 「円周率暗唱コンテストに出ればよかった〜とか考えてた?」 「できないできない。そんなこと」 円周率を何十、何百と暗唱することが、何かの役に立つとは思えないもん。好きで覚えている人は、趣味だからいいかもしれないけど、少なくとも私にそんな趣味はない。 「……ってゆーか、ちょっと疲れてるのかも。変だなぁ、ちゃんと寝てるのに」 私は首をぐるぐると回した。ちょっと、年寄り臭い仕草かな、とは思うけど。 ちなみに運動は、あまりしてない。無駄なことだと思ってるんじゃなくて、ただ単に苦手だから。 「徹夜で勉強とかしてないの?」 「しないよ〜。徹夜なんてしたら、授業中眠くなるし、効率落ちるじゃない。睡眠は学力向上のために、勉強より大事なの。一日七時間の睡眠時間は、必ずキープしてるよ」 でも、なんか最近、妙に疲れやすいんだよね。肩が凝るというか。 ……もう、年かなぁ(嘆息) 「それよりさ、次はどこ見る?」 「この近くにあるのは……」 ごそごそと校内展示マップを見る友人たち。 朝と夕方に各クラスで点呼をとるから、出席のために参加している私は、次の見物先の選定を彼女たちに任せて、ぼうっと派手派手しく飾り立てられた廊下を見ていた。 洞窟迷路だとか、写真部の作品展示とか、画用紙にマーカーで描いた看板が並ぶ中、『お化け屋敷』のおどろおどろしい文字が目についた。 はっきり言って、ばかばかしいと思う。 お化けなんているわけがない。 もし本当にそういうものがいるなら、とっくにその存在が科学的に証明されてるはず。 そんないもしないモノをなぞらえることに意味があるとは思えないし、何を好きこのんで怖がるのか、私にはそれが理解できない。 何年か前にも、当時の友人とお化け屋敷に入ったことがある。 彼女はものすごい怖がりで、始終きゃーきゃーと叫びまくっていた。 怖いならやめればいいのに、お化け屋敷に入りたいと言ったのは彼女なのだ。 で、ああいうものって、連れが怖がると、それに反比例するように冷めていくモノなのね。別に私が筋金入りの現実主義者だからってだけじゃないと思う。あのときは、ものすっごい白けた覚えがある。ばかばかしいと思うのは、白けた記憶が鮮やかだからかも。 ま、今の友達がお化け屋敷に入りたいなんて言うことは…… 「ね〜ね〜、お化け屋敷、行こ〜!」 ずる。 「お、お化け屋敷ぃ〜?」 予想外のことに、私は素っ頓狂な声をあげた。 「真智、怖くないんでしょ? なら問題ないよね?」 「そ、そりゃま、そうだけど……」 「いやなの? 怖いの?」 いや、私がお化け屋敷が嫌なのは決して、断じて、天地神明に誓って、怖いからではなく、バカバカしいからであって…… 「じゃあ、行こう!」 ずるずるずるずる。 かくして、私はなんとも強引に、お化け屋敷に引きずられていったのだ。 ……はう〜
お化け屋敷といっても、高校生が教室に造る程度のものだ。 いくら凝ってるといっても、重ねた机に暗幕をかぶせて造った通路を歩くだけ。所々に柳の枝とかがそれっぽく飾ってあるけど、遊園地のお化け屋敷よりちゃっちいことに代わりはない。 もっとも、機械仕掛けの遊園地と違って、人間がやるから、それはそれで怖いけどね。 暗幕の向こうからいきなり触られたら、お化けとは別の意味で怖いっつーの。 とはいえ、友達が私のぶんも悲鳴を上げてくれてるおかげで、顔面血まみれの女の人が現れても、私自身は悲鳴を上げずにすんだ。 ちょっとした、見栄なんだけどね。 子供だましだと言い張ってるお化け屋敷で、叫びたくないっていうの。 「や〜ん、今年のお化け屋敷怖いよ〜」 「さっきの血糊、マジヤバかったもんね〜」 怖いと言ってる割には緊迫感のない友達の声を聞きながら、実はちょっと彼女たちがうらやましかった。 こういう子たちの方が、誰の目にも可愛いって思えるだろう。 私は、昔からかわいげがないって言われてたもんだから。 なんてことを考えてたら、もうすぐ出口が近いみたい。 たぶん、もう一つくらい、何か趣向があるんだろうけど…… なんてことを思ってたら、目の前に大きな顔が現れた。 血まみれなわけでもない、醜悪なわけでもない。 なのに、とてつもなく恐ろしい顔。 焦点のあっていない、どこかにイっちゃった感じの目が、ぎょろんと動いて私たちを……私を、見た。 「きゃ……!」 「いやあああ!」 「!」 私はかろうじて悲鳴を飲み込んだけど。 どういうこと? 顔の向こうは透けている。 たかが高校の文化祭で、こんな技術が使えるとは思えない。 それに、今までの仕掛けはどこか人間くさかったのに、これには、それがない。いや、人間の悪意だけを抽出したら、こんな感じかも…… 「あ、あれ?」 気が付いたら、一緒にいたはずの友達がいなかった。 私をおいて逃げた?! 薄情な奴ら〜!!! 私は彼女たちを後を追うべく、走りだした。 でも…… おかしい。ここは教室だ。広さなんてたかが知れてる。 なのに、なのに。 どうして、いつまで走っても出口につかない? 逆走したなら、途中の幽霊役の人だっているはず。 誰もいないのは、何故? 「!」 と思っていたら、人影が見えた! 「あ……」 さすがにちょっとほっとする。 「ごめんなさい、あの……」 男の子が振り返った。 けっこう可愛い顔立ちの、高校生にしてはあどけなさの残る顔の子だ。 彼は優しい笑顔で私を見ている。 私を見ているその顔が…… …………透けていた。 「きゃあああああああ!」 自分の悲鳴と、何かがどすんと落ちる音を聞きながら、私の意識はどっか遠くに飛んでいった。
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