それから十日が過ぎ、カズトはタスクとユイナに引きずられるようにして外出した。クレハとミオも慌ててその後に続く。 そして、連れて行かれた先では、広い室内に四、五十人の同年代の少年少女が集まっていた。 その全員が、入ってきたカズトたちを見ている。 「タスク……? これは、いったい?」 思い思いに持ち寄ったらしい料理は器もメニューもとりとめがない。共通しているのは、たいして金のかからない料理ばかりだということだ。 「歓迎会だよ、おまえの」 豪放に笑ってばん、とカズトの背中を叩き、それからタスクはカズトの耳元に口を寄せた。 「安心しろ、カズトの出自は誰も知らない。その方が、気が楽だろ? ……ま、あの子がいるから、すぐにばれちまうかな」 カズトの後に控えるクレハに視線を落とす。 「もう二度と、あんなことはしないように念押ししてあるから、大丈夫だと思うけれど……きっと……たぶん……おそらく……」 カズトの声からだんだん自信が失われていくのは気のせいではないだろう。 そんな主をクレハは見上げた。少し拗ねた顔つきが不本意そうだ。 「カズト様。ご安心ください。クレハは今日は、黙っております」 今でも『カズタカ様』と呼んでいるのをあえて平民としての名で呼び、主にのみ判るよう、軽く目礼した。 「……助かるよ、ありがとう」 「よし! んじゃ〜主役も来たことだし、始めようぜ!」 「お〜っ!」 歓声と共に、パーティが始まった。
最初はぎこちなかった会話にも、カズトはいつしか自然にとけ込めるようになっていた。 物腰の柔らかさや、生まれついた気品などのため、どこか自分たちとは違うと皆に感じさせる部分はあったものの、カズトの人当たりの良さや真剣に人の話を聞く態度など、好感を持たれたのだろう。 今日のメインゲストでもあるため、輪の中心になったカズトはもう一人で放っておいても大丈夫だと、タスクはその場を離れた。 最初はタスクを通してしか会話が成立していなかったことを考えれば、この短い期間でこれだけ大勢の他人とうち解けることができたのは大進歩だ。もともとのカズトの性格によるものもあるだろう。 どちらかというと、あっちのほうが前途多難だと思いながら、タスクは会場の隅にいる幼なじみとミオを見た。 ミオはユイナに頭を下げている。 「……助かりました。あの、ありがとうございます」 「うん? 別に、いいんだけどさ」 見た目に美しいミオの回りには、パーティ開始直後から数人の少年が群がった。 いきなり知らない人間に囲まれ、萎縮していた彼女を、ユイナが助け出したのだ。 「………………」 礼を言ったきり、居心地悪そうに沈黙するミオを見て、ユイナは軽く頭を掻いた。 「あのさ、ひょっとして、来たこと後悔してる?」 「え? ……あの、それは…………」 視線を逸らし、ミナギリの少女は黙りこくる。 やはりそうなのかと、ユイナは軽くため息をついた。 「あのさ、ここにはミナギリの人達は誰も来てないんだし、誰もミオのこと悪く思ってる人なんていないよ。 あ、そのね、前にミナギリの人がミオのこと、嫌そうに話してたの聞いたことがあったから……余計なことだったらごめんね?」 「いえ、気にしないでください。厭われているのは本当のことですし」 感情の伴わない返事が返ってきた。 「本当のことって……。嫌われてるのって嫌じゃない?」 「たしかにいい感じはしませんが、私が嫌がられる理由も理解できます。私自身の内にその重大な原因を抱えているかぎり、この人間関係は改善されるはずが……」 「あ〜、もういい」 ユイナは手をヒラヒラと振ってミオを黙らせた。 「あたしは難しいこと言われても判らないよ。 難しいことは言わなくていいからさ、せめて敬語はやめてくれない?」 「え? ……あの、私にはこれが一番話しやすいので……」 「いいの! 話しにくくても敬語はやめる!」 びしっと人差し指をミオの前につきだした。 「え、あの……はい」 勢いに負けて、ミオは頷いた、というより項垂れた。 「じゃ、来る!」 「えええ?」 ユイナはミオを引きずり、女の子の集団の中に突撃していった。 一方、カズトは頃合いを見て、加わっていた話の輪を抜けた。 飲み物を入れた瓶を探す彼に、すっと笹茶を入れた杯が差し出された。 「ああ、ありがとう、クレハ」 「これが、クレハの仕事ですから」 幼い従者は満足そうに笑う。 彼女から受け取った杯に口を付けつつ、カズトはパーティ会場を見渡した。 いくつかの集団ができていて、女の子ばかり六人集まった中に、ユイナとミオがいる。いろいろと話しかけられて、狼狽えながらも懸命に答えようとするミオと、その横で茶々を入れて混ぜっ返したり、さりげなくミオをフォローしたりするユイナの姿は、それぞれの性格が如実に表れていて面白い。 少なくとも、上面の温恭さでうまく人の中に入っていった自分よりは、二人とも誠実で信頼にたる姿勢だろう。どの態度が短時間で多くの人に好感を持たれるかということは別にして。 タスクは三人で、何やら大げさな身振り手振りでやや興奮気味に話している。 カズトの前ではそんな話し方をしたことがないのは、会話の内容ゆえか、タスクでもカズトと話すときは若干緊張しているためか。 いつか、自分もあのようにタスクと話せる仲になりたいと考えている自分に気づき、カズトは苦笑した。 そしてもう一度、部屋を見回す。 ここに集った面々は、タスクとユイナの友人と、さらにその友人といった顔ぶれだろう。 二人の声に応じて、これだけの人がただのミナギリの一神職として紹介されているカズトのために集まった。思い思いに料理や飲み物を用意して。 彼等がここに集った唯一の打算は、皆で騒げる楽しい時間を共有すること。 出世や昇級に関わるわけでもなく、来なかったからといって今後の人間関係にひびが入るわけでもない。 今まで自分がいた世界とはあまりにも違って、カズトにはとても新鮮で、眩しいものだった。 「……楽しそうですね、カズト様」 カズトのいつもの穏和な表情とはまた違った、優しい光が彼の目に宿ったのを、クレハは見逃さなかった。 「ん? そうだね、楽しいよ。 ……決心が鈍ってしまいそうだ」 「カズト様……」 「ああ……大丈夫だよ、クレハ。 やるべきことを忘れたりはしない。 …………吾にはこれが最後の機会であろうからな」 冷然とした目が、案ずる従者を見下ろした。
|
|