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まほろままぼらふ 作者:黒木美夜

第6回   紅葉の鬼女
 ゆっくりと食べるカズトでもようやく串焼き肉を食べ終わった頃、三人は市場の中央にさしかかった。
「ここはさらに……すごい人だね」
「ああ、大きな道と交差してっからな。このあたりは特に大きな店が多いし」
 見れば確かに、固定の店舗がたくさん並んでいる。
「それに、ここの市場はここから発展してったんだって。市を守るカミもほら、あそこに祀られてるよ」
 クニを守り、人々の暮らしを支える四大社にはかなわないまでも、森羅万象に宿る神々を、人はよく敬い、祀っている。
 ユイナが指さした先にも、小さいがよく手入れされた社が建っていた。
「……へぇ」
 市場のカミというのは、カズトには珍しい存在だろう。そういう概念でさえ、なかったかもしれない。 
「定期市にもカミ様は祀ってあるけど、やっぱりここが一番大切にされてるよね。大事にされればそれだけ、カミ様って応えてくださるものだし。すごいよね」
 ユイナが歩きだす。そろそろ、先に行こうというのだろう。
 タスクとカズトも、彼女について歩きだした。
 その、背後で。
 大地を揺るがし、轟音が響く。
 露天の天幕を支える柱が振動に耐えきれず、倒れた。
 間髪入れず湧きあがる、悲鳴。
「なにっ?!」
 振り返れば、彼等を押しのけて逃げようとする人々の向こうに、巨大な黒い水柱が立っていた。
 そそり立つ水柱の頂点から、黒い雨が降り注ぐ。
 少し離れたところにいる、三人の上にも。
「!」
 水滴が触れたところから、生気が抜けていくような感覚。気(け)が枯れるこの感じは、間違いない。
「タスク、この水、穢れてるよ!」
「ああ!
 ユイナ、おまえはあの社に、穢れを祓えるヤツがいないか聞いてきてくれ!
 カズトは悪ぃが応援を呼んできてくれ!」
「う、うん!」
「わかった!」
 残る自分のことを気にかけながら走り去る友人たちの気配を感じつつ、タスクは槍の穂先に火を点す。
 その燃える切っ先を天に向ければ、落ちてくる水滴がその周囲でじゅっと音を立てて蒸発する。完全に穢れを払うことはできないが、ないよりはマシだ。
 少年は、逃げる人々に逆行して、噴激する穢れに駆け寄った。
「……っ!」
 そそり立つ水の柱が直に見られる場所まで来て、タスクの脚は止まった。
 彼と穢れをまき散らす噴水との間に立つ人影は、ひとつ。
 燃えるような真紅の衣に身を包み、季節外れの真っ赤な紅葉を手に舞う、鬼面の妖女であった。
「な……」
 今まで彼が見てきた中で最も美しい、そして最も怖ろしいその舞に、タスクは動けなくなったのだ。
 一目見ただけで理解した。
 鬼女が舞い踊るその場。その周囲だけが、異界と化している。
 死者が降り、魂の浄化を待つ場、根の国へと。
 鬼女がその長い袖を揺らし、血の色に染まった葉を振るたびに、根の国の穢れが生者のクニに招き寄せられる。
 常緑の常盤木(ときわぎ)が穢れを祓う木ならば、紅葉し、落葉する木は穢れを招くとでもいうのか。
 タスクの知識にはないことだったが、現にこの鬼女はそうして穢れを招いている。
 濃厚な、死の気配を。
 これ以上踏み込めば、タスクが施した簡素な守りなど紙の盾よりも脆く、穢れが彼を蝕むだろう。
 そうすれば、間違いなく病に冒される。悪くすれば、死すらありえる。
 こんなもの、一介の祝(はふり)に何とかできる代物ではない。
「………………」
 タスクは怖いと思った。
 生まれて初めて、本物の恐怖を知った。
 じりり、と足が後に下がる。
 だが、これをこのままにしておくわけにもいくまい。
 人に触れれば病と死を招き、物に触れればその物を物の怪と化す、そんな穢れの泉を放置すれば、この街など十日もあれば廃墟にできる。
「……っ」
 歯を食いしばり、さらに一歩下がろうとした足をその場に留める。
 彼はホヅキだ。
 最下級の祝とはいえ、穢れと戦うのがその役割。
(あの女を止めれば……)
 少なくとも、穢れの拡張は止まるはずだ。
「炎よ、撃て!」
 伸ばされた腕から、小さな火弾が飛び出し、鬼女を狙う。
 鬼女は攻撃されたことを驚くでもなく、するりとそれをかわしてみせた。
 めげずにそこに、二発、三発と続けて炎弾を叩きこむ。
 もとより術は苦手なのだ。だからダメージを負わせられるなど、最初から期待はしていない。
 鬼女が舞い踊るのを止められれば、それでよい。
 思った通り、根の国に浸食された空間は、拡がりを止めていた。
「……じゃが、その炎の弾、そう多くは撃てまいて?」
「!」
 鬼女の囁きに、タスクが一瞬動きを止める。
 オニは根の国に住まう生者。
 ヒトと似たような姿をしていても、タスクたちとは根本から異なる存在だ。少なくとも、タスクはそう教わった。
 まさか、自分たちと同じ言葉を話すとは思ってもみなかった。
「そうだな……。だが、今、てめえを妨害できれば充分だ!」
 再び、タスクが火を放った。
 そのすべてを軽やかに避けていく鬼女であったが……
「…………本日は、ここまでじゃな。
 スメラ様の命ゆえ、ここは退く。また会えるとよいな、少年よ」
「え? あ、おい!」
 タスクの目の前で、鬼女はするりと実体をなくし、影へと身を落とした。
 その影も、地面の中に紛れていく。
「………………ばかな。
 それに、あいつ……スメラって……」
 スメラ。尊皇に歯向かう、テロリスト。
 さきほどの鬼面の女は、その手先だったというわけか。
「タスク〜っ!」
 ユイナの声が呼ぶ。
「禰宜(ねぎ)の方をお連れしたよ!」
 禰宜は穢れそのものを祓う術を与えられた者だ。市場を護る神に仕える禰宜であるから、四大社の禰宜に比べればその能力は制限されるかもしれない。それでもタスクたちよりはこの事態を根本から解決できるだけ、今必要な人材である。
「これは……すさまじい穢れですね。
 …………とふかみえみため……」
 ユイナに呼ばれてきた禰宜は、玉串を振りながら祝詞を唱え始める。
 少しずつだが、溢れだしていた穢れが浄化されていく。
 噴出する水の勢いも、弱まってきたようだ。
「……タスク、ユイナ。遅くなってごめんね」
 パトロールの神官たちを連れたカズトも戻ってきた。
「いや、おまえが一番遠くまで行ってたんだしよ」
 そうすることが一番安全そうだったから、などとはもちろん口にせず、タスクは気にするな、と小さく笑った。
 神官たちはすでに穢れを清め始めている。
「とんだことになったな。せっかく、遊びに来たのにな」
「いや、そんなことは構わないんだけれど……」
 さらに何か言いかけたカズトを、タスクは遮った。
「これからいろいろと報告しなきゃなんねぇこともあるし、時間がかかるはずだから、先に送ってくぜ。ミナギリの総社でいいんだな?」
「うん。クレハもそこで待ってくれているはずだ」
「じゃ、ちょっと待っててくれ。事情を話してくる」
 タスクに話しかけられた神官団の団長が驚いた顔で自分を凝視するのを見、カズトは小さくため息をついた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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