翌日、タスクとユイナはカズトに指定された場所まで来た。 知り合ったばかりの少年に、街を案内してほしい、と言われて来たのだが。 待ち合わせをするにはなんの目印もない、人通りの少ない場所である。 だが、彼等が本当にここでいいのかと危ぶむよりも早く、小さな輿が運ばれてきた。 「?」 地味だがよく見れば金のかかった造りの輿に、二人は顔を見合わせる。 「ごめんね、こんなところに呼びだして」 中から、本当に申し訳なさそうにカズトが現れる。 「いや、いいんだけどよ」 気にするな、とばかりに屈託のない笑顔を浮かべたタスクの横で、ユイナもコクコクと頷いた。 曲がりなりも皇族が、徒歩で皇宮を抜けるわけにもいかないだろう。だからといって、こんな輿で市の真ん中に乗り入れるわけにもいかない。一番地味で質素なものを選んだのだろうけれど、庶民から見れば充分立派な輿なのだ。 つくづく、不便な身分だと思う。 そのカズトは、人足たちを帰して振り返った。 「いいのか?」 帰っていく輿を指さし、タスクが訊いた。 「ああ、後でミナギリの総本社に来てくれるよう、頼んであるし……。今日は、少し用事があってね、そこに行くことになってるから、それを口実に出てきて……」 「あ、いや、そうじゃなくて」 遮ったタスクを、カズトは不思議そうに見返した。 「護衛も連れずに出歩いていいのかってこと。この間のええと……」 「クレハちゃん?」 ユイナの助け船に、タスクは大きく頷いた。 「そうそう、クレハ。あの子も来てねえみたいだし……」 「ああ、そういうこと。 それなら、気にしなくても大丈夫だよ。誰も僕なんて狙わないからね。それに、クレハはいない方が、君たちも気が楽だろう? いや、楽なのは僕の方かな。彼女は僕の立場を過大評価しているからね、おまけに変な部分が熱心だから」 「……ん?」 タスクが顔をしかめる。 自分が変なことを言ったかと、カズトは首を傾げた。 「どうかしたかい?」 「あ、いや……?」 苦笑を浮かべるカズトの影が動いたような気がしたのだが、彼自身はほとんど動いていない。ただの錯覚だろうと、タスクは首を振る。 「それで、どこを案内すればいいの?」 ユイナの問いに、カズトは柔らかな笑みを浮かべた。 「人の多く集まるところを見てみたいな」
そして、三人が訪れたのは常設市場である。 他の市は十日おきくらいに開かれる定期市だが、このクニでもっとも人と物の集まるこの都には、毎日開かれる市がある。 店の規模も、ゴザを広げただけのものから屋台、固定店舗を構えているところまで、様々だ。 「へぇ〜、こんなに大勢の人を間近で見たのは、初めてだよ」 物珍しげに周囲を見回すカズトに、タスクもユイナも嬉しそうに顔を見合わせた。 「こんなところでよけりゃ、いくらでも案内するぜ。つっても、特に面白いもんもねえけどさ」 「そんなことはないよ。人の往来、並べられてるもの、僕には全部が珍しい。 …………?」 「? どうした?」 「いや、あれは……何かと交換しているのかな?」 「あ?」 カズトが何を見ているのかとその視線を追ってみれば、何のことはない、屋台の主人が客に藍染めの布を渡し、客がその銭を払っているだけだ。 「あれは金を払って……って。まさか、おまえさ……」 「お金、知らない?」 タスクだけでなくユイナも驚き、若宮の顔を見た。 「おかね? ……うん、鋳銭司(ちゅうせんし)という役職の人がそういうものを造っているのは知っているけれど、それがどう使われているかは、始めて見たよ」 この人は根本的に自分たちとは違う。 彼の身分を聞いたとき以上に、タスクとユイナはそのことを実感した。 「えっと……じゃあ、実物も見たことないか?」 ジャラリと数枚の貨幣を取りだして、手のひらに広げる。 手あかやサビですっかり鈍くなった薄っぺらい銅の円盤を、カズトは物珍しげに眺めている。 「うん。初めて見たよ。 ……えっと、これは、どこで手に入れるんだい?」 「俺達は神殿から給料をもらってるけど」 だが、カズトの場合はどうなるのだろう。神殿に入ったからといって、元皇族が給料袋を受け取る姿というのは、想像できない。 きっと、平民に降っても、クレハという少女がずっとカズトの付き人として、身の回りの世話をするのだろう。あのカズトを至高の存在として崇めているような少女なら、カズトが自ら買い物をする機会すら造りそうにない。 「う〜ん」 タスクは、考え込むように腕を組んだ。
「ほら」 ジュウジュウと音を立てる串を一本、カズトに差し出す。 屋台で売っている、塩を振っただけの簡素な焼き鳥だ。それでも、香ばしい匂いと焼ける音は食欲をそそる。 「え? これ?」 タスクの手から受け取ったものの、カズトはおろおろと肉と少年を見比べている。 タスクは釣りを受け取り、自分の串も選んで、若宮に向き直った。 「食うんだよ。これでけっこう、美味いんだぜ。 ああ、ユイナ、おまえは欲しけりゃ自分で買えよ」 「ああ〜、ひっどい! あたしも奢ってくれてもいいじゃない!」 とはいえ、カズトに奢るだけでも給料の安い祝(はふり)には痛い出費かもしれない。 それが判っているので、ユイナは二件隣の店に団子を買いに行く。彼女にしてみれば、肉よりも、甘いものの方が美味しいに決まっている。 「早く食えよ。冷めちまうぞ」 「え……でも、こんなところで?」 他人の前で、しかも立ったまま物を食べるなど、カズトには想像もつかない。 だが、目の前の豪放な少年はそのまま串にかぶりついている。しかも、そのまま歩き出し、ついてこないカズトを何してるんだ、と言いたげに振り返った。 「………………」 意を決し、カズトも串に口を付け……ほんの少しだけ、肉を囓ってみた。 塩だけの簡素な味付けだからこそ生きている、肉自身の旨味が口の中に広がった。 「……美味しい」 「だろ? もっと豪快にいけよ。串焼きなんて、そうして食った方が美味いから」 「あ〜ぁ、変なこと吹き込んでる」 団子を頬張ったユイナが肩をすくめた。 彼女にも、買い食いをすることにためらいは感じられない。 それが、カズトにはひどく新鮮だった。 「……そう、だね」 にこやかに笑い、ちびちびと肉を食べながら、彼は新たにできた友人たちと歩きだした。
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