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まほろままぼらふ 作者:黒木美夜

第4回   黄昏の海
 波の音だけが耳に響く。
 ミオは夕焼けの海を見ていた。
 〈偽巫(にせかんなぎ)〉の異名を持つ少女にはつきあってくれる人もなく、たった一人で赤く染まる砂浜に立っていた。
「………………」
 彼女は十日に一度はこの浜辺に立つ。
 何をするでもない。ただ砂浜に立ち、寄せては帰す波を見続けるのだ。
 いや、彼女にしか見えないものを見ているのだ。
 死者のクニは地の底と、海の彼方にあるという。
 穢れとなった死者は地の底、あるいは海の彼方で長い時間をかけて浄化され、やがてカミの中に還ってゆく。そしていずれ、カミの中からまったく異なる存在が誕生する。
 彼女は、この日の沈む海に、死者のクニへと去る人々の姿を見ているのだ。
 生者にはけして見えないはずの、魂の澪標(みおつくし)を見つめている。
「…………行けないのは、判っているのだけれど」
 小さく唇を動かして、彼女はそう呟いた。
 回りに聞く人は誰もいないのに、音にすることすら躊躇っているかのような小声で。
 海の彼方をみつめる瞳に、わずかに憧憬を滲ませて。
 彼女の見ている先で、老若男女が根の国へと旅立っていく。
 まだ年端の行かない子供もいれば、ミオと同年代の少女の姿もある。
 誰もが、死など望んではいなかったろう。
 未来に希望を抱き、家族に愛され、友と歩む明日を夢見ていたはずだ。
 一方で、ミオはまだこの先へ行くことは許されない。
 行くことを望む自分が、望まぬ死に捕らわれた人々を見送っている。
 なんという皮肉だろう。
 代わることができるなら、喜んで身代わりになるのに。
 十二年前から、彼女はここでこうして海を見続けてきた。だから、あちらに行くことができないことは判っている。
 十二年前のあの日。海中でカミの声を聞いたあの時。海の彼方に行くはずだったのに。
 ミオは、カミに生かされた。
 以来、カミの声を聞き、常人には見えないものを見てきた。
 いつも聞こえるわけではないし、常に見えるわけでもない。
 それでも十二分に特異なことだった。
 特別な能力というものは、たいていの場合重荷にしかならぬと、ミオは身を以て知っていた。
 聞こえることも苦痛。見えることも苦痛。
 そのくせ、術のひとつも使えない。
 けれど、もうすぐだ。
 もうすぐ、今まで生かされてきた意味が終わる。
 そうすれば、行けるはずなのだ、この先へ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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