波の音だけが耳に響く。 ミオは夕焼けの海を見ていた。 〈偽巫(にせかんなぎ)〉の異名を持つ少女にはつきあってくれる人もなく、たった一人で赤く染まる砂浜に立っていた。 「………………」 彼女は十日に一度はこの浜辺に立つ。 何をするでもない。ただ砂浜に立ち、寄せては帰す波を見続けるのだ。 いや、彼女にしか見えないものを見ているのだ。 死者のクニは地の底と、海の彼方にあるという。 穢れとなった死者は地の底、あるいは海の彼方で長い時間をかけて浄化され、やがてカミの中に還ってゆく。そしていずれ、カミの中からまったく異なる存在が誕生する。 彼女は、この日の沈む海に、死者のクニへと去る人々の姿を見ているのだ。 生者にはけして見えないはずの、魂の澪標(みおつくし)を見つめている。 「…………行けないのは、判っているのだけれど」 小さく唇を動かして、彼女はそう呟いた。 回りに聞く人は誰もいないのに、音にすることすら躊躇っているかのような小声で。 海の彼方をみつめる瞳に、わずかに憧憬を滲ませて。 彼女の見ている先で、老若男女が根の国へと旅立っていく。 まだ年端の行かない子供もいれば、ミオと同年代の少女の姿もある。 誰もが、死など望んではいなかったろう。 未来に希望を抱き、家族に愛され、友と歩む明日を夢見ていたはずだ。 一方で、ミオはまだこの先へ行くことは許されない。 行くことを望む自分が、望まぬ死に捕らわれた人々を見送っている。 なんという皮肉だろう。 代わることができるなら、喜んで身代わりになるのに。 十二年前から、彼女はここでこうして海を見続けてきた。だから、あちらに行くことができないことは判っている。 十二年前のあの日。海中でカミの声を聞いたあの時。海の彼方に行くはずだったのに。 ミオは、カミに生かされた。 以来、カミの声を聞き、常人には見えないものを見てきた。 いつも聞こえるわけではないし、常に見えるわけでもない。 それでも十二分に特異なことだった。 特別な能力というものは、たいていの場合重荷にしかならぬと、ミオは身を以て知っていた。 聞こえることも苦痛。見えることも苦痛。 そのくせ、術のひとつも使えない。 けれど、もうすぐだ。 もうすぐ、今まで生かされてきた意味が終わる。 そうすれば、行けるはずなのだ、この先へ。
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