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まほろままぼらふ 作者:黒木美夜

第26回   決着
 未来に生きる人々の生命か、今を生きる人々の安寧か。
 どうしたって、何かを犠牲にしなければならない。
 思考の行き詰まりにタスクは苛立つ。
 穢れさえなければ。すべてが丸く収まるのに。
「んぁ〜……ん?」
 イライラと髪を掻きむしる手が、ふと止まった。
「なぁ、恨霊(うらみたま)を祀ることはできないのか?」
「え?」
 タスクの思わぬ提案に、カミも含めてその場の全員がきょとんとなる。
「恨霊は穢れの発生の主な理由のひとつだろ? さっき、カズトがそう言ってたじゃないか。祀られない魂は穢れを発し続けるって。
 なら、祀ればいい。なんなら、カミとしてでも」
「無数の恨霊をひとつの神格として祀るということだね? いうなれば、穢れを司るカミといったところかな。カミとして穢れを集めて、それを大がかりな神事で祓うことができれば……」
 自分とイズタカには、こんな発想はなかったとカズトは思う。
 積怨に凝り固まった自分たちには、やはり限界があったのだ。
 これだけでも、一般の人々に強いる犠牲はぐっと軽くなるはずだ。
「でも、誰が祀るの? やっぱり、皇族のどなたかが?」
 ユイナは首を捻る。
 負担の大きそうなその仕事を、望んでしたがるものなどいるだろうか。
「私がやります。……いえ、やらせてください」
「ミオ?」
 カミに支配された身体で、それでもミオは己の意志を示した。
「私は、初めてカズト様に憑くイズタカ親王に気づいたときから、私の力は彼を根の国にお返しするためのものだと思っていました。そのために、根の国への入り口が見えるのだと。そのときに、私もお供するために、私は生かされたのだと。
 けれど……私の力はそれだけではありません。カミに祈り、カミに願い、カミを祀るのも私の能力です」
 出逢った頃の、他人を避けるような少女はもうどこにもいない。
「私は、そのためにカミに救われ、今まで生きてきたと思いたいのです」
 今のミオは、一人のヒトとして、禰宜(ねぎ)として、誇りを持って立っていた。
 生きて与えられた能力を使いたいと、初めて思った。
「その役目の重要性が認知されれば、私のあとを継ぐものも現れるでしょう。神格が確立されれば、巫覡(かんなぎ)でなくとも祀れるようになるはずですし」
「……そうだな。それがいいかもしれない。
 穢れの発生を抑えて、俺達神職がこまめに街をこまめに巡回して、浄化していけば、穢れの流入量が増えてもなんとかやっていけそうな気がする。
 けど、肝心のどうやって結界の弱体化を承認させるかだが……」
 タスクは顎を撫でつつ思案顔になるが、いいアイデアは浮かびそうにない。
 その横で、ユイナが人差し指を立てた。
「ねえ、ミオに頼ってばかりで悪いんだけど。そういう神託があったって発表するのはどうかな? 直接陛下に奏上するとイズタカ親王のときみたいに握りつぶされるかもしれないから、広く一般に向けて公表するの。
 人々がその神託に賛成なら、その通りにして欲しいって嘆願が朝廷にも届くし、カミの言葉だから無視するわけにはいかなくなるよ。逆に、その神託に反対なら、その話は噂になってもすぐに忘れ去られる」
「おお」
 タスクの小さな感嘆の声に、ユイナは会心の笑みで続けた。
「ね、これなら誰かの独断じゃないよ。
 ……これで、皆が強固な結界の維持を望むなら、それはもう、仕方ないんじゃないかな。このクニも、今まで世界と同じ運命を辿ってしまうってことで」
「……そうだな。
 なぁ、それでいいか?」
 タスクはスメラに同意を求める。
 この案の是非を問われたスメラは、イズタカとカズト、どちらが問われたのだろうとしばし迷いーー
「吾に異議はない。
 僕にも、異存はないよ」
 二人ともが、イエスと答えた。
「タマユラヒメノカミ様、あなたは、いかがですか?」
「わたくしも、よしとします。
 それより、何者かが複数名、この霧を突破してきたようです」
 それだけ言い残し、タマユラヒメの気配が消える。
 急に身体の自由を取り戻したミオは倒れかけ、カズトに支えられた。
「あ、ありがとうございます」
「いや、気にしないで」
 カズトの顔は平静なものだ。
 狩られる対象ではないタスクの方が、はっきりと判るくらい苦い顔になった。
「スメラ討伐の隊が来たみたいだな」
 タマユラヒメの時間稼ぎの霧を手探りで進んでいるのか、武具の擦れる音や足音が密やかに近づいてくる。
「おまえ達は、西土の者を連れて影へ。イズタカもすぐに帰るから」
 カズトがオニと西土の賊たちの逃亡を指示する。
「モミジ、君も根の国に帰るんだ」
「しかしカズト様は……」
「僕のことはいい。君が仕えているのは、イズタカだろう?」
 食い下がる鬼女を、カズトはやんわりと遮った。
 どうあっても一緒に逃げる気はないと、モミジも悟ったらしい。
 一度深く頭を下げ、影の中へと消えていった。
「だけどおまえはどうするつもりだ?」
 逃げなかったカズトを、タスクは案ずる。
 ここにいるはずのないカズトがいれば、怪しまれる。
 討伐隊に先んじて中に入ったのは、三人だという証言くらい得ているだろう。
「…………僕のことは」
「っ!」
 バラバラと階を駆け上がってくる複数の足音に、四人の少年少女ははっと周囲を見回した。
「動くなっ」
「神妙に縛に付け!」
「……っと、おまえたち?」
「カズタカさ……いや、カズト様? なぜ都に?」
 敵を牽制する言葉と、思わぬ顔ぶれに戸惑う声が重なる。
 皇宮奪還部隊の中には、スメラ事件を通じてタスクたちと顔見知りになった兵や神官もいた。
 一方で、皇族だったころのカズトを知っている近衛もいたようだ。
 療養に地方に行ったという話を聞き及んでいたのだろう。驚愕で覆い隠してはいるけれど、疑念の表情もかいま見える。
「知り合いか?」
「ああ、こいつらは……」
 顔見知りの兵が、タスクたちの身元を証明してくれている。
 先走って突入した三人の祝(はふり)と禰宜だと確認されたようだ。向けられた武器が下ろされる。
「しかしカズト様、何故あなたまでここに……」
「じゃあスメラはどこに消えた?」
 カズトとタスクたちに、それぞれ異なる質問がぶつけられる。
 タスク、ユイナ、ミオは答えに窮した。
 元来、三人とも嘘をつくのが得意な性格ではない。咄嗟に上手い言い逃れが思い浮かばず、偽りを述べることそのものに躊躇した。
 その三人の横を、カズトがスッとすり抜け、前に出た。
「簡単なことだよ」
「っ! カズト!」
 驚いただけか、止めようとしたのか、自身にも判らないけれど、タスクはその名を呼んでいた。
 呼ばれたカズトは、少しだけ振り返り、微笑んだ。
 何も心配しなくていい。君たちに迷惑はかけない。けじめはつける。
 そして、ありがとう。
 その思いを込めた控えめな笑顔だった。
「僕がスメラだ。
 今回のことはすべて僕がやったことだ。
 主上に奏上したい件もある。行こう」
 どよめく兵や神官達を尻目に、カズトはゆっくりと歩きだした。
 その後ろ姿は堂々としたもので、慌てて後を追う兵を従えた、王者の風格さえ漂っている。
 拘束することを許さないような態度は、あるいはイズタカの矜持かもしれない。
 振り返らないカズトの背中が濃密な霧の中へと溶けていく。
 完全に友の姿が見えなくなってもなお、タスク、ユイナ、ミオの三人はカズトを見送り続けていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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