どうしたものか。 カズトが去って以来、一月の間、タスクはずっとそのことを考え続けていた。 考えたところで、答えは出ない。 スメラの狙いも、カズトに取り憑くイズタカとの関係も、オニの女とのつながりも、何一つ判らないのだ。 判らないと言えば、カズトはちゃんとサザツに着いたという。側女のクレハも一緒に。けれど、スメラは以前にも増してその活動を激しくしている。 ますます、訳がわからない。 考えは堂々巡りし、どこにも行き着かず、座礁するだけだ。 そこから抜けだすように、槍術の稽古にも励んだ。教官は熱心さを喜んだが、それさえも、どこか遠かった。
首のない馬の妖(あやかし)がつっこんでくる。 タスクは炎の槍を構え、それに立ちはだかった。 「でええっいっ!」 本来首が生えているはずの場所に槍を差し込み、相手の勢いを利用して奥までねじ込む。肉が焼ける音と臭いがしたが、そのまま押されるタスクにそれを感じる余裕はない。 「ぐあっ!」 巨木にぶつかり、ようやく止まる。が、見事に挟まれ、肺の空気をすべて吐きだした。 「タスクっ!」 声と共に、援護の風の矢が飛んだ。 妖といえど痛みを感じるのか、タスクを押さえていた力が少し緩んだ。 「な……ろぉ!」 力任せに、槍を上へと引き上げる。 血が、肉が、臓物が、噴きあげるように飛び散った。 「はらいたまい、きよめたまう!」 ミオの凛とした声が響き、周囲にいた小物の妖共々、首なし馬を祓う。 「……ふぃ〜、助かったぜ」 「最近……妖が増えたよね。やっぱりスメラの影響かな?」 回りに自分たち以外の人間がいないことを確かめつつ、そう言うユイナの表情は暗く沈んでいた。 「無関係とは、思えません。スメラはたしかに穢れをばらまいています。穢れは妖を生み、穢れに触れたものは妖と化します。 この事態は、スメラの望んだものでしょう」 「……そんなぁ…………」 まだ友を信じたいという思いが、けれどどこかで信じ切れない感情が、ユイナの表情を暗くする。最近、彼女が笑うことが目に見えて少なくなった。 「でも、あちこちで祓ってるんだ。大丈夫だろ?」 逆にタスクは無理に明るく振る舞っているようであった。ユイナもミオも、影で彼が誰よりも苦悩していることは知っている。 「……あまり、祓えを過信しないでください。 穢れを祓うのは、ほとんどが根の国に向かって穢れを送り返しているようなものなのです。部屋の砂埃を、外に向かって箒で掃きだすように。 本当に穢れを浄化し、この世界から完全になくなっているのは、祓った汚れの三割にも満たないでしょう」 「そうなのか?」 「はい。根の国に祓われた穢れは、再び黄泉の穴からこのクニに流れ込んできたり、スメラに招かれたりするでしょう。そして妖はさらなる穢れを生みます……。 終わりのない連鎖ですね」 あるいは、どちらかが根負けするまで。 「でもよ……。じゃあなんで、あのときスメラは黄泉の穴を塞いだんだ? あそこも放置していれば、わざわざ招かなくてもこのクニを穢せるってのに」 「それは……判りません。 最初は、自分が扱える穢れを確保するために他から流入するのを防ごうとしたのかとも思いましたが、あんな新しい黄泉の穴が開くくらい根の国には多くの穢れが溜まっているのです。あの穴から漏れ出てくる穢れなど微々たるものですし、それはないでしょう」 「んあ〜、スメラ本人にしか判らねぇってことか……」 少々わざとらしく、戯けた仕草で肩をすくめてみせたタスクを、案ずるような目でユイナとミオが見ていた。 タスクもその視線には気づいているが、今の彼にはこれが精一杯だった。 「………………」 だけど、とタスクは思う。 一見矛盾したスメラの行動が、何かひどく重要な意味を持っているように思えてならなかった。そのひっかかりは、きっと女の子二人も感じているだろう。特にミオは自分より遙かに聡い。 だが、何かしらの推測をしようにも、手がかりが少なすぎだ。 ミオは、スメラはカズトに憑いた悲劇の親王イズタカだという。 けれど最後に自分たちの前に姿を現したのは、カズトの意志ではないかと思うのだ。あのとき、カズトはモミジと戦うユイナとミオの身を案じてくれた。 自分たちのことを気にかけていないわけではないのだ。自分たちに危害を加えたいわけではないのだ。 そして最後に……彼は何を言おうとしたのだろう。 「俺達、カズトのこと、知らないことだらけだな」 「相手のすべてを知るというのは、幻想にすぎません」 しみじみとしたタスクの声に、冷たいミオの声が続く。 はっとして彼女を見たタスクに、ミオはうらはらな柔らかな笑みを浮かべていた。 「ですが、相手を理解しようという努力は無駄ではないはずです」 「そ……そうだよね! なんでこんなことをするのかちゃんと知らなきゃ! で、止めてもらえるようお願いしようよ!」 空元気かもしれないが、ユイナも笑顔をつくる。 「そうだな……。もう一度機会があれば、必ず……!」 決意に拳を握り、タスクは力強くーー笑った。
暗さが淀む。 どうしようもなく暗さがねっとりと張りついている。 皇居を出てからの、短い期間だったがあの明るさに比べると、ここはなんて暗いのだろうと、彼は思った。 思っているのは本当にカズタカであり、カズトであった自分なのだろうかと、彼は疑う。 「悔いておるのか?」 彼の口が問う。 「……いえ。これも自分で望んだことですし」 同じ口が、答える。 仕切られた御簾の向こうでは、モミジを筆頭としたオニ達が、カガチ山の一件以降配下にした西土の反体制派グループに細々と指示を出している。 あくまでも彼が、スメラが使っているのはオニの一族だ。西土の人間達は計画の途上で手に入れた副産物にすぎない。 彼はオニが何人いるのか、正確には知らなかった。 オニはその姿を変幻自在に変えることができる。会うたびに姿を変えるものもいるから、その人数を把握できないのだ。 そもそも、オニに厳密には個というものがない。その感覚はヒトとあまりにかけ離れすぎていて、カズトには理解できなかった。 けれど、有能なのはたしかだ。 ヒトの歴史よりももっとずっと昔から、根の国の穢れの中で進化してきた彼等は、カミによって守られた大地に暮らす人間達よりはるかにタフで、バイタリティがあった。今の人間がもたない、様々な技術も持っていた。 今まで幾度も繰り広げられてきた人間の歴史の中で、人間は一度もこの強さを己に求めたことはなかった。カミによる加護で得られる安泰だけを望んできた。 「判っておろうな? おそらくはこれが最後の機会だ。これに失敗すれば……」 「僕たちに未来はない。そうですね?」 「その通りだ。 決行は次の新月。それまでに、覚悟を決めておけ」 「………………」 彼は、彼に答えない。 果たして、この迷いは自分だけのものだろうか?
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