「ふえ〜っくしゅいっ!」 豪快なくしゃみが響き渡る。 「大丈夫?」 「う……ああ。っかしーな〜。風邪なんてこの二、三年ひいてなかったのに。こんなに長引くなんて」 「無理ないよ。穢れの獣に怪我負わされて、そのあと雨に濡れたまま帰ってきたんだもん」 「すまない、タスク。僕のせいだ」 「いやいや、悪ぃのはおまえを襲った奴らで……ぶえっくしょっ」 カズトを助け出せたのはいいが、タスクだけがひどい風邪をひいてしまったのだ。 あれからもう五日が経つ。 翌日から寝込んで、ようやく出勤してきたタスクの元に、カズトがユイナを案内に訪ねてきたのだ。脚の包帯はまだとれないけれど。 カズトは本当は寝込むタスクの家にまで見舞いに行きたがったのだが、万一伝染(うつ)されては大変と、ミナギリ総社の上層部に止められたのだ。 タスクとしても、狭くむさ苦しく散らかった我が家に元若宮を招きたいとは思わない。 生まれの違いに引け目を感じているわけではないが、こちらの暮らしを見せない方が、彼との今後のつきあいをしていく上ではいいだろうと思う。 「それに、報奨の金一封ももらえたしな」 にやりと笑って……ずず〜っと鼻をすする。 「ん、もう。ちゃんと鼻かみなさいよ。 でまぁ、本当に気に病まなくていいから。タスクなんて頑丈さだけが取り柄なんだし、すぐによくなるよ」 「そうかい? なら……いいけど」 それでも案ずる表情を崩さずに、カズトは頷いた。 「そういや、今日はミオやクレハは?」 どちらもがカズトについていないとは珍しいと、タスクは訊ねた。 「ああ……クレハは、僕が病人を見舞うと言えば伝染されたら大変と反対するに決まっているからね、買い物を言いつけて彼女には黙って出てきたんだ。 ミオは、ミナギリで昨日四人がかりで失敗した術を、今日一人で挑戦することになった……僕が見舞いに行くと決める前にね、自ら志願したよ」 「へえ……」 あの何につけても必要以上に謙虚な少女には意外なことだと思う。 それも四人でできなかったものを一人でやるというのは、並大抵の実力ではできないことだ。 「一人でやることになったのは、ミオがやると聞いて、協力したいという人が現れなかったからだけどね。 さらにひどいことに、宮司は明日の人選をもう始めてる」 カズトの顔が珍しくしかめられた。 「なんだよそれ」 聞いたタスクも不愉快さを隠さない。 その横で、一人ユイナが上機嫌で笑った。 「大丈夫だよ。ミオはもう、大丈夫。絶対できるよ」 他人のことなのに自信たっぷりに宣言し、カズトを送ったときにその言葉が正しかったことを確認したのである。
元皇族のカズト誘拐事件から一月。 首謀者らしき人物は捕まらず、けれど再び事件の予兆もなく、スメラの事件だけが世間を騒がせていた。 直接スメラに関わることもなく、誘拐事件以後さらにカズトの外出に対する規制が厳しくなったものの、以前に近い暮らしに戻っていた。 「え? 禰宜(ねぎ)への昇格試験?」 カズトに呼ばれてミナギリの社にきてみれば、思ってもいなかった言葉に、タスクもユイナもぽかんと口を開けた。 カズトに呼ばれれば勤務中でも、公務として彼を訪ねられるようになった、この二人の方が生活は変わったかもしれない。 「そう。今日これから、ミオが受けるんだ。 僕を助けたことや、最近難しい術式も一人で失敗なくこなしてみせるから、受けることになったらしい」 「へえ。すごいじゃねぇか。十代で禰宜なんて、かなりの異例だろ」 もちろん試験に受かればの話だが、それでも驚くべきことだ。 「それもこれも、カズタカ様のおかげです」 まだまだ平らな胸をえへんと張って、クレハが茶を淹れる。 「クレハ。僕は彼女……もちろんタスクたちにも迷惑をかけただけだよ。今回のことは、彼女の今までの努力と、ユイナの手助けがあってのことだ。 それはともかく、今までろくに神殿の仕事をできていなかったのに、だからね。たしかに異例は異例だね。もともと才能はあったわけだけど……」 「ミオはカミ様への声の届け方のコツをつかめなかっただけだもんね。今はもう大丈夫だよ」 ユイナは友達の成功が嬉しいらしい。にこにこと笑っている。 「……それでね、ミオには皆が見に来ると緊張するからと口止めされていたんだけれど……」 「部外者だけど、見学できるの?」 軽く手を打ち、ユイナは嬉しそうに顔を輝かせた。 「非公開というわけじゃないからね。もちろん座席を設けてるわけじゃあないけれど、見られる場所はいくつかあるらしいんだ。僕と一緒なら、違う神殿の君たちも問題ないと思うよ。 やっぱり、仲間の晴れ舞台だ。応援したいだろう?」 「ああ」 「もちろん!」 頷いた二人に、カズトは満足げに頷いた。
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