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Fantasy@Earth2 幸せの住処 作者:黒木美夜

第15回   与えられる死
「梓ちゃん!」
 ガラガラッと教室の扉を開ける。
 教室中が風歌を振り返ったが、そこに彼女の求める顔はない。
「ねえ、梓ちゃんは?」
「さっき、生徒会の人に呼ばれて行っちゃったわよ。どこに行ったかは……知らないけど」
「そんな……」
 この学校に棲む魔物は、教師を操ることができる。生徒会の学生くらい、わけなく扱えるだろう。
 風歌は、再び駆けだした。

 彼女の前には、いつも深い闇があった。
 あれは何年前のことだったろうかと、彼女は思い返す。
 一条の光すら通さない、漆黒の闇。
 そんな中に、彼女はずっといた。
 脆弱なる人とは異なる彼女は老いることはなかったが、それがかえって永遠の苦しみに彼女を縛りつけた。
 いつか、彼女の愛する人が助けに来てくれる。
 夜明けを告げる彼が来れば、この冷たい深淵にも、暖かな日の光が届くはず。
 そのことだけを頼りに。
 何十年も、何百年も、彼女は待ち続けた。
 だが、光は思わぬ所から射した。
 彼女の目の前に、狭い廊下が現れたのだ。
「セラータ?」
 そして突然かけられた声に振り向けば、見知らぬ人間の小娘が、驚いた顔で彼女を見ていた。
 どうして、自分の名を知っている。
 堕天使たる彼女にとって、名を知られるということは支配されること。冗談ではない、こんな小娘に。
「あ……ごめん、そんなはず、ないよね。でも、あんまりイメージどおりだったから。ねえ、あなた、何年生? 私は高等部の一年なんだけど……」
 小娘はセラータに理解できない単語をいくつか並べ、一人で勝手に喋っている。
 ますます、忌々しい。
 次の瞬間、セラータは少女を殺していた。
 そして、身を落ちつける場所に、少女の亡骸に案内させた。
 通されたのは少女のものと思しき小さな部屋で、セラータはさらに信じがたいものを発見することになる。
 自分の特徴を記されたノート。誰も知らないはずの、彼女のことが事細かに書かれている。そして、自分が今まで歩んで来た事柄が、そしてまだ彼女の知らない未来の事柄までもが。
 一人の堕天使の女の、<明けの明星>ルシファへの切ない恋の物語として。
 彼女が、天界にいた頃から秘めていた恋心。天使としての格の違いから、永遠に封じる覚悟でいた、その想いのために、神に反旗を翻した彼に付き従ったこと。
 誰にも、知られてはならないその想い。

 校舎の屋上に悠然と立ち、更科由利亜はゆっくりと目を開いた。
 校内に溜まった血と、死とが織りなす負の気配を感じ、恍惚とした表情を浮かべる。
 だが、それもすぐに陰ってしまった。
「まだ……足りないのかしら」
 そして、彼女は背後を振り返った。
「貴女を捧げれば、我が主は目覚めてくれると思われますかしら?」
「………………」
 梓は黙って由利亜を見ていた。
 彼女の両腕は、生徒会のメンバーにしっかりと抑えられている。
 その力は信じられないほど強く、とてもではないがふりほどけない。
「あなたが……」
 絞りだすように、それでも梓は由利亜に問いかけた。
「あなたが……美幸ちゃんを……?」
「彼女は、わたくしの役に立ちたがっていらっしゃいましたもの。ですから、その血肉を捧げていただきましたのよ。
 そして……貴女のような人間は、わたくし、一番許せませんの」
「え……?」
 地味に質素に生きている、自分のどこが許されないのだろうと、梓は疑問に思う。
「創造主……? 冗談ではございませんわ。たかが人間ごときが、神を気取ってでもいるつもりですの?
 そう、神も大嫌いですわ。あの方を堕として。しかもそれが、人間に試練を与えるための、神の計画通りだったなどと! 端から離反させるつもりで、闇に落とすつもりで、我々を生みだしたなどと!
 それと同じことをしている、『小説書き』などという、神を気取った輩……わたくしを創造しておいて、あの方のいらっしゃらないこんな世界に放りだしたあの女!」
 激高する由利亜を、梓は唖然として見ていた。
 彼女の言っていることはわけが解らない。
 その由利亜の、日頃見せたことのない憤激は治まり、今度は妖しく笑いだす。
「うふふ……。
 でも、そんな貴女でも、あの方を甦らせる役に立たせてあげますわ」
 この世界にいないはずの、『あの方』。
 彼女自身混乱しているのか、あるいは、何か手があるのか。
「さあ、死んではらわたをぶちまけなさいな!」
 由利亜が高らかに哄笑する。
「きゃ……!」
 梓の腕はさらに強く掴まれ、屋上の端へと引きずられる。
「や……やだ、やだっ!」
「いつもなら、殺してから落とすのだけれど……昨夜は散々邪魔をしてくれましたものね。地面に落ちる恐怖を味わいなさいな。
 ふふ……無駄よ。この学校の生徒達は、貴女の悲鳴を聞いても、それを意識しないようになっている。今までの貴女がそうだったように。助ける声を無視してきた、貴女のように!」
 由利亜の顔は美しく、そして凄惨に歪んでいる。
 もっともそれを見る余裕など梓にあるはずもなく、彼女の身体は屋上の柵を乗り越えさせられていた。
 非力な少女とはいえ、死を目の前に暴れているのだ。普通の女子高生に抑えられるものではなかろうが、生徒会の学生達は平然と梓を押さえている。
「やああああああ!!!!」
「梓ちゃん!」
 梓の身体が宙に投げだされた瞬間、屋上の扉が開き、風歌が飛びだしてくる。
(助けに来てくれたんだ)
 身体の支えがなくなった途端にスローモーションで流れるようになった光景を眺めながら、梓はこっちに駆けてくる風歌を見ていた。
 死の寸前には、今までのことが走馬燈のように流れるというけれど、そんなのは嘘だ。
 誰も来ないと言われたけれど、風歌だけは来てくれた。
 彼女のことを案じてくれた。
 そして同時に、風歌のことが心配になった。
 自分と同じ目に、遭ってほしくない。
 不思議と、穏やかな気持ちになれた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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