「……いったい、なんだったんだ?」 「日本で一番派手で、注目されてる泥棒さん。 ところで芽衣、美星にはあのことはまだ……? ……わかりました言いません黙ってます」 結花の口調が妙に堅くなった。その理由が、美星にはわからない。次に結花が口を開いたときには、いつもの口調に戻っていたし。 「で、今日の晩ご飯はどうする? 話してる間に遅くなっちゃったし。ゴタゴタで結局買い物できてないっしょ? なんか、買いに行く?」 「……そうですね。それがいいでしょう。美星には、ここで待っててもらいましょう。 では、食べる物を買ってきますから、待っていてもらえますか?」 妙に大きな帽子を手に取る。あれなら、額飾りも耳も隠れてしまいそうだ。 「ああ……」 出ていく二人を見送り、美星は所在なくテレビを見ていた。 <蒼の影>から、八日後に次の窃盗の予告があったと、レポーターは言っている。盗む物は、やはり榎原法原の絵だそうだ。 コマーシャルがしばらく入り、見る人の購買意欲をそそろうとする。 美星には、どの商品も使用目的が判らず、というよりもコマーシャルが何を伝えようとしているのかも判らず、効果がなかったが。 CMが終わり、質問するレポーターを不機嫌そうな顔でふりきる、『警察』とやらの人間の後ろ姿を最後に、番組は終わった。 そしてまたしばらく、軽薄そうなコマーシャルが続く。 つくづく、自分の知っている世界とは異なる場所だと思う。 結花も芽衣もずいぶんくつろいでいる。美星の常識では考えられないことだ。いつでも臨戦態勢を整えておくことが、彼女の日常だったから。 たしかに、この世界に来てからというもの、殺気や敵意、害意というものは感じていない。彼女にとって危機となるような存在の気配も感じていない。 「ただいまぁ〜」 玄関からの声に、美星は我に返る。おかしい。考えにふけるなど、今までの美星ならなかったことだ。 「ごめんね、待たせて。 何が好きかわからないから、コンビニで和洋中三種類買ってきたんだけど。やっぱ中華?」 「……いや?」 聞かれても、どれも彼女の食べてきたものとは違いすぎて、食べ物に見えないのだ。逆に、美星が食べ物と認識する物は、結花や芽衣の感覚からすれば食用にするなどとんでもない代物だろうけれど。 「どれでも好きなのを選んでくださいね。私達は、なんでも構いませんから」 「ああ……」 芽衣から、先ほど感じた違和感がなくなっている。あれは何だったのだろうかと訝ったが、それよりもからっぽの胃が空腹を訴えている。 あの世界で、何を食べても平気だった自分だ。この世界の食べ物が害になることはないだろうと、手近にあったものに手を伸ばした。 「あ、パスタいく? じゃあ、サラダはこっちね。もう、お箸でいい?」 「あ? ああ……」 美星が戸惑っている間に、芽衣も結花も自分の分を取ったらしい。 「いただきまぁ〜す」 「いただきます」 「い、いただ……?」 美星は見よう見まねで割り箸を割ろうとして。ぐしゃっ!という音がした。 「………………」 三人の娘は砕けた……というより、粉砕した割り箸にしばし固まった。 「す、すまない。いつもなら、ちゃんと力の制御はできるんだが」 「仕方ないですね。明日、何か用意しましょう」 芽衣がゆっくりと溜息をついた。
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