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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第8回   怪盗<蒼の影>1
「へへへっ」
 眼下で騒ぐ人々を、満足げに見下ろして、<蒼の影>は笑った。
 目以外を覆う覆面で、顔は判らない。妙にごてごてと巻きつけた布のせいで、体型もはっきりと判らない。かなりの細身のようだが。
「テレビってのは、いいよなぁ」
 注目されるのが快感でしかたないといった声音で、<蒼の影>は呟いた。
「まぁ、そのテレビのおかげで、こんなもんしなけりゃならねーわけだけどよ」
 邪魔そうに覆面を触る。
 人に止められなければ、素顔のまま出向いていたところだ。素顔を曝しても捕まらない自信はあるのだが、絶対に止めろ、と言われてしまった。
「ま、いっか。そろそろショータイムといくぜ!」
 ひらりと、屋上から飛び降りる。
 歓声が聞こえた。
 ゾクゾクするほど高揚するのが判る。
 <蒼の影>は空中で身を翻し、屋上から下げたロープを使い、目的の部屋に飛び込む。ガラスが派手に砕けた。
「貴様っ!」
 警備の警官が<蒼の影>に飛びかかる。
 <蒼の影>は、何かを床に投げつける仕草をした。
 ぼふんっ!
 ピンク色の煙幕があたりに広がる。
「馬鹿め! そう何度も同じ手に……、あ、れ?」
 ガスマスクを装備した警官達が、次々に崩れていった。
「馬鹿はどっちだっつ〜の。本気であれが催眠ガスだと……っとと」
 慌てて口を押さえ、周りを見回す。
(やべぇやべぇ。監視カメラやマイクが仕掛けられてるって可能性もあんだよな)
 余計なことは言わないでおこうと気を引き締めて、目的の絵を探す。
「……おろ?」
 下見に客として訪れたときと、同じ場所に同じ絵が掛けられている。
 だが。
「ニセモンじゃねえか。舐めたマネしてくれやがって」
 覆面の奥の目が笑う。
「オレの目は誤魔化せねぇよ」
 覆面の奥で、なにやら呟く。
「ふぅん、あっちか。
 ……やっぱ……だよなぁ」
 目が、先ほどとは違う種類の笑みを浮かべた。

「<蒼の影>発見! 三階西廊下です!」
 制服の警官が無線機に向けて叫ぶ。
 その彼の視線の先で、<蒼の影>の派手な姿はマントを翻して消えた。

『こちら第四展示室、<蒼の影>発見しました!』
『第七展示室に<蒼の影>現れました!』
『一階ロビーに……』
『喫茶室に……』
『四階東廊下……』
「ええ〜い! どいつもこいつも!」
 本物の絵を前にした俵田警部は怒り心頭なようすで叫んだ。
 いくつもの無線の中で、どれが本当の目撃情報なのか判らない。
 いや、本当のものなどないかもしれない。
 これまでもこんな無茶苦茶な状況に追い込まれて、毎度盗まれているのだ。
「いいか、これはヤツの陽動だ! 決してこの場を動くなよ!」
 同じ部屋に詰める部下に命ずる。
 ここは、館長室だ。少数精鋭で、本物を守るためにここに隠れている。
「へぇ〜。じゃあ、動けねぇようにしてやろっか?」
 人を小馬鹿にしたような声が響く。今までにも聞いた声だ。
「貴様、その声! <蒼の影>!
 どこにいる!」
 警部は立ち上がろうとしたが、尻がソファに張り付いたように、動かない。
「?!」
 驚き戸惑う警察官達の前で、館長室の扉が開き、<蒼の影>が堂々と姿を現す。
「貴様、よくもノコノコと……!?」
 立てないどころか、指一本動かせない。
「知ってっか、おっさん?
 精神は、肉体を凌駕するんだぜ? 動きたくないって心底思いこめば、動けなくなるもんさ。動くな、っておっさんが言ったから、皆動けなくなっちまったんだ。
 よかったな〜」
 からかうような<蒼の影>の科白に、刑事たちは顔を真っ赤にするほど怒っている。だが、動けないものはどうしようもない。
「こいつは、予告通りいただいていくぜ。
 あばよっ」
 絵を納めた箱を取り上げると、<蒼の影>は軽い足取りで去っていた。
「あ、あのヤロ〜!!!!」
 怒声だけが、<蒼の影>を追いかけた。

 その後、気球に掴まり美術館から逃走する<蒼の影>の姿がテレビで放送されたが、テレビカメラと大衆の見ている中、その気球も煙幕に包まれ、いずこへともなく姿を消した。

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Novel Editor