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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第7回   世界の違い
「………………。
 と、いうことは、誰かがあの世界を考えたということか?」
「……そうなるね?」
 同意を求めて、結花は芽衣を見た。芽衣も頷く。
「……あんな。あんな、貧しくて、苦しくて、辛い……あんな世界を。
 豊かなこの世界で、考えたのか? 何のためだ!
 ひどいじゃないか! 今日も明日も真っ暗な。そして、それを放りだして!」
 ばきっ!
 手にしていたマグカップが粉々に割れる。
 それを目にした芽衣と結花が思いっきり引いている。
「あ、す、すまない。
 アタシは力が強くなった<変異体>だから……」
「<変異体>?」
 芽衣はカップの欠片を集める。
「……ってゆーか、怪我はない?」
 結花は布巾で零れたオレンジジュースを拭き始めた。
「……平気。これくらいで、怪我はない。
 アタシの世界では、旧文明の遺したモノのせいで、動物も植物も変な姿になっていた。
 ……人間も同じ。人間に都合のいい形で変化したものは<変異体>。悪いものは<異形体>という。<異形体>はときに人の精神まで狂わせて、同じ人を襲うようになる」
「………………」
 美星が淡々と語るのは、それが彼女にとって当たり前の世界だったからだろう。結花と芽衣は美星が哀れに思えて、じっと彼女を見つめた。
「……辛い、世界だったんだね」
「大変だったでしょう?」
 同情の言葉を投げかけてくる。が、美星はそれを受け取る気にはなれなかった。
「だけど……」
 美星の表情から何かを察したのか、二人の顔から同情が消える。
「だけど、アタシは、あの世界を救いたかった。あんな……でも、アタシの生まれ育ったところ。あれ以上、壊れること、嫌だった。
 それに、リュージは……。……いや、なんでもない」
「……そうですね」
 芽衣は頷き、外を見る。もうすっかり暗くなっていた。
 手にしていたカップをテーブルに置く。彼女が持っていたのは先ほど美星が割った物のはずだ。今はヒビひとつ入っていない。
「今日はここまでにしましょう。
 結花、美星をお風呂にいれてあげてくださる? 私は、そろそろ……ですから」
「え? ああ、わかったよ。
 服は、芽衣の借りていい? あたしのじゃ、サイズがあわないよ」
 結花は小柄だ。胸だけは、三人の中で一番大きいが。
「ええ、どうぞ。好きなものを選んでもらってください。下着も、新品がありますから、それをどうぞ。
 じゃあ、お願いしますね」
 芽衣に見送られ、結花に連れられて、美星は浴室へと入っていった。

「おお〜」
 結花が感嘆の声をあげる。
 その気持ちは、美星にも判らなくはなかった。
 風呂に入る前と入った後の自分は、まるで別人だったからだ。
 もといた世界には、風呂はおろか、綺麗な水さえなかった。身体を洗っても綺麗になるのか疑わしいほどに。
「けっこう、美人じゃ〜ん」
 髪をドライヤーで乾かしてもらう。汚れて、絡まっていた髪はさらさらと流れるようになっていた。
「明日は、服を買いに行こうか。いつまでも芽衣の服を借りるわけにもいかないしね」
 リビングに戻ると、結花はテレビの電源をいれた。
 美星が一瞬びくりと震える。
「あ、テレビって始めて? 箱の中に人が入ってるって、驚く人が多いらしいんだ。美星もそう?」
 結花は勘違いをしている。
 確かに美星はテレビを見るのは初めてだが、それを怖がったのではない。
 美星の故郷では、機械は人を襲う怪物だったのだ。人を襲わない機械を、ほんの一握りの人間が使いこなしてはいたけれど。
「最近ね、<蒼の影>っていう怪盗が世間を賑わしててね。怪盗なんて、漫画じゃよくあるけど、実際に現れたコトなんてないし、やることが派手だしってんで、も〜大人気。
 今日が四回目の仕事なんだけどね。前回からテレビ中継まで入るようになって」
 チャンネルを合わせると、美術館らしい建物の前でレポーターがなにやら喋っている。その背後に、カメラに向かってピースをする野次馬の若者達の姿もあるが。
「まあ、中継っていっても、外から様子を伝えるだけだけどね。さすがに、警察がテレビカメラを中に入れてはくれないし」
「ふぅ〜ん?」
「……それに、盗む物も地味ですよ。知る人ぞ知る、という程度の、榎原法原という明治時代の日本画家、では」
「?」
 芽衣の姿になにか違和感を感じ、美星は首を傾げた。
「何か?」
「?……いや。なんでも」
 違和感の正体はわからず、美星は視線をテレビに戻す。
『さあ、予告時間まであと五分となりました! そろそろ、何か起こりそうです!』
 リポーターが叫ぶ。
 そのとき、美術館をバックに、花火がいくつもうちあがった。
『うおおおおおおお』
 野次馬の歓声が聞こえる。
 カメラは、屋上にすっくと立つ人影を捉えた。

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Novel Editor