「ええ? やっぱり章良、来てないんですか?」 「そうなのよ。やっぱりってことは、心当たりあるのね?」 呆れる結花を見て、彼女を迎え入れた眼鏡の女性は苦笑を浮かべる。 「うん。ゲーセン行くって言ってました。 今日は文女ねーさんのところに行く日だからダメだって言ったのに」 ぷぅっと頬を膨らませ、結花は不機嫌さを表現する。 この文女は姉のような存在だと思っているから、少し甘えた仕草なのだ。 「昔は……もっと熱心だったわね。やっぱり……真臣がいなくなったこと。影響しているのかしらね」 文女が寂しそうに笑う。 「従兄弟とはいえ、実の兄弟みたいに仲が良かったから」 「章良だけじゃないですよ。文女さんも、引退しちゃったし」 「……そうね。パートナーがいなくなったというだけで、私も喪失感が大きかったわ。 結花ちゃんは……まだ、彼を捜しているの?」 「え? ええ……。<狭間>に行けば、ひょっとして会えるかも……って、思ってます。 だって、憧れの人ですから。小さいときに、初めて<狭間>に落ちちゃったとき、助けてくれた……あの時から。 あ! 憧れてるのは、文女さんにもですよ! 一緒に助けてくれたし、天才的って言われる呪糸の能力も。それに、すっごい頭いいし!」 キラキラした瞳を向けられて、文女は少し困ったように微笑んだ。 「とにかく、あがって? 結花ちゃんだけでも、新しい呪糸を覚えて行くといいわ。章良くんは、この子達が捜しにいくから」 文女の額に文様が浮かび、そこから鳥が五羽現れる。でっぱった耳を持つ鳥など、ただの鳥のはずはないが。 しかも、鳥は現れるとすぐに姿を消した。 「これで、見つかれば私に報せてくれるはずよ。さ、行きましょう」
「!」 「どうかしたんですか、文女さん?」 動きを止めた文女を、結花は心配そうに見上げた。 「……章良くんを見つけたんだけど。<狭間>にいるわ。だいぶ、苦戦してるみたい」 「ええ?」 「悪いけど、助けに行ってあげてくれる?」 「はい! あたしは、あいつのパートナーですから!」 心を鎮めて、<狭間>への入り口を開く。 周囲の光景が、文女の姿がぼやけ、単色で塗りつぶしたようになる。何色なのか特定できないのは、その色が刻々と変化しているからだ。 そして、その光景の反対側に、けれど重なるように、別の光景が現れる。矛盾した状態だが、そもそも矛盾した事態になっているのだ。 存在を支えきれなくなり、傾き、この世界にもたれかかっているもう一つの世界、<まほろば>。 美しい世界だと思う。けっして、手の届かない世界だけれど。 結花や、文女、そして章良の先祖はこの世界から来たのだという。だから<狭間>にも入れるし、異世界の法則に従って変わった力も振るえる。 「おいで、虎之介」 太股を叩くと、そこから猫と狐を掛け合わせたような、縞模様の大きな動物が現れる。 虎之介は結花を乗せると、文女の鳥が導くのを追って走り始めた。
一人の少年が大きな剣を盾代わりに、敵の攻撃を受け止めている。だが反撃にでるチャンスもなさそうだ。 彼を攻撃しているのは、人気格闘ゲームのキャラクターである。それが、少年と同じ空間に立ち、彼に素早い蹴りを続けざまに放っているのだ。 <狭間>と、通常空間の壁が薄いところでは、ときおりこういうことが起きる。 人の思念が形になったり、<狭間>の生物と自動車が合体していたこともあった。 それが通常空間にでていき、人々を害する前に退治するのが、異界の血を引く者たちの役目なのだが。 今回は少々、少年に不利らしい。 「くそ……っ」 敵の攻撃が早すぎて、反撃の糸口が掴めない。 「章良!」 名を呼ばれると同時に、少年の周囲に白い球の壁ができる。壁の表面には細かな金色の文字のようなものが浮かんでいる。 それは、敵の蹴りを完全に防いでくれた。 「サンキュ!」 章良は大きな剣を振りかぶり、格ゲーキャラの頭上から勢いよく振り下ろした。 「!」 だが敵は脳天からまっぷたつになりながらも、まだその動きを止めない。そもそも脳も内臓も脊髄もないから、これくらいでは機能を停止しないのだ。 そこに、電光を迸らせる矢が刺さった。 よく見ると、矢を構成しているのも金色の文字である。 「GYUUUUUU!」 格ゲーキャラは形容しがたい悲鳴をあげ、動きを止めている。 「章良! 今のうちにとどめを!」 「わぁってるよ! 千斬衡!」 さすがに千回斬るのは無理だが、章良は何度も巨大剣で斬りつけた。 そして、<狭間>に現れたゲームキャラは姿を消した。 「もう、だから呪糸の勉強を怠けるなって言ってるのに」 「いいんだよ。俺は剣の道を極めるから」 最近小言の多くなったパートナー、結花の姿に、章良は少しふてくされた顔を見せる。 二度、呪糸を使って助けてくれたのは判っている。あいにくと、それに対して素直に感謝を言える年頃でも性格でもないのだ。 「極める前に死んじゃうよ」 「……死なねえよ。今はまだ……」 結花は、そんな相棒を、少し困った顔で見上げていた。
|
|