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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第6回   結花の物語1
「ええ? やっぱり章良、来てないんですか?」
「そうなのよ。やっぱりってことは、心当たりあるのね?」
 呆れる結花を見て、彼女を迎え入れた眼鏡の女性は苦笑を浮かべる。
「うん。ゲーセン行くって言ってました。
 今日は文女ねーさんのところに行く日だからダメだって言ったのに」
 ぷぅっと頬を膨らませ、結花は不機嫌さを表現する。
 この文女は姉のような存在だと思っているから、少し甘えた仕草なのだ。
「昔は……もっと熱心だったわね。やっぱり……真臣がいなくなったこと。影響しているのかしらね」
 文女が寂しそうに笑う。
「従兄弟とはいえ、実の兄弟みたいに仲が良かったから」
「章良だけじゃないですよ。文女さんも、引退しちゃったし」
「……そうね。パートナーがいなくなったというだけで、私も喪失感が大きかったわ。
 結花ちゃんは……まだ、彼を捜しているの?」
「え?
 ええ……。<狭間>に行けば、ひょっとして会えるかも……って、思ってます。
 だって、憧れの人ですから。小さいときに、初めて<狭間>に落ちちゃったとき、助けてくれた……あの時から。
 あ! 憧れてるのは、文女さんにもですよ! 一緒に助けてくれたし、天才的って言われる呪糸の能力も。それに、すっごい頭いいし!」
 キラキラした瞳を向けられて、文女は少し困ったように微笑んだ。
「とにかく、あがって? 結花ちゃんだけでも、新しい呪糸を覚えて行くといいわ。章良くんは、この子達が捜しにいくから」
 文女の額に文様が浮かび、そこから鳥が五羽現れる。でっぱった耳を持つ鳥など、ただの鳥のはずはないが。
 しかも、鳥は現れるとすぐに姿を消した。
「これで、見つかれば私に報せてくれるはずよ。さ、行きましょう」

「!」
「どうかしたんですか、文女さん?」
 動きを止めた文女を、結花は心配そうに見上げた。
「……章良くんを見つけたんだけど。<狭間>にいるわ。だいぶ、苦戦してるみたい」
「ええ?」
「悪いけど、助けに行ってあげてくれる?」
「はい! あたしは、あいつのパートナーですから!」
 心を鎮めて、<狭間>への入り口を開く。
 周囲の光景が、文女の姿がぼやけ、単色で塗りつぶしたようになる。何色なのか特定できないのは、その色が刻々と変化しているからだ。
 そして、その光景の反対側に、けれど重なるように、別の光景が現れる。矛盾した状態だが、そもそも矛盾した事態になっているのだ。
 存在を支えきれなくなり、傾き、この世界にもたれかかっているもう一つの世界、<まほろば>。
 美しい世界だと思う。けっして、手の届かない世界だけれど。
 結花や、文女、そして章良の先祖はこの世界から来たのだという。だから<狭間>にも入れるし、異世界の法則に従って変わった力も振るえる。
「おいで、虎之介」
 太股を叩くと、そこから猫と狐を掛け合わせたような、縞模様の大きな動物が現れる。
 虎之介は結花を乗せると、文女の鳥が導くのを追って走り始めた。

 一人の少年が大きな剣を盾代わりに、敵の攻撃を受け止めている。だが反撃にでるチャンスもなさそうだ。
 彼を攻撃しているのは、人気格闘ゲームのキャラクターである。それが、少年と同じ空間に立ち、彼に素早い蹴りを続けざまに放っているのだ。
 <狭間>と、通常空間の壁が薄いところでは、ときおりこういうことが起きる。
 人の思念が形になったり、<狭間>の生物と自動車が合体していたこともあった。
 それが通常空間にでていき、人々を害する前に退治するのが、異界の血を引く者たちの役目なのだが。
 今回は少々、少年に不利らしい。
「くそ……っ」
 敵の攻撃が早すぎて、反撃の糸口が掴めない。
「章良!」
 名を呼ばれると同時に、少年の周囲に白い球の壁ができる。壁の表面には細かな金色の文字のようなものが浮かんでいる。
 それは、敵の蹴りを完全に防いでくれた。
「サンキュ!」
 章良は大きな剣を振りかぶり、格ゲーキャラの頭上から勢いよく振り下ろした。
「!」
 だが敵は脳天からまっぷたつになりながらも、まだその動きを止めない。そもそも脳も内臓も脊髄もないから、これくらいでは機能を停止しないのだ。
 そこに、電光を迸らせる矢が刺さった。
 よく見ると、矢を構成しているのも金色の文字である。
「GYUUUUUU!」
 格ゲーキャラは形容しがたい悲鳴をあげ、動きを止めている。
「章良! 今のうちにとどめを!」
「わぁってるよ!
 千斬衡!」
 さすがに千回斬るのは無理だが、章良は何度も巨大剣で斬りつけた。
 そして、<狭間>に現れたゲームキャラは姿を消した。
「もう、だから呪糸の勉強を怠けるなって言ってるのに」
「いいんだよ。俺は剣の道を極めるから」
 最近小言の多くなったパートナー、結花の姿に、章良は少しふてくされた顔を見せる。
 二度、呪糸を使って助けてくれたのは判っている。あいにくと、それに対して素直に感謝を言える年頃でも性格でもないのだ。
「極める前に死んじゃうよ」
「……死なねえよ。今はまだ……」
 結花は、そんな相棒を、少し困った顔で見上げていた。

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Novel Editor