警備兵の多い町を、一人の少女がきょろきょろと周囲を見回しながら歩いている。 長い金髪に蒼い瞳の美少女だ。そして、少し尖った耳は、フォレスの民の証。フォレスの民は、皆が優れた魔術師だ。 古代帝国時代には森の奥深くに隠れ住んでいた一族だそうが、六柱の『神』が天上人を気取る帝国人と、帝国の生体兵器『悪魔』を一掃して以来、こうして人里にもでてくるようになった。 『悪魔』も尖った耳を持っていたため、彼らが人前に現れた最初は、騒動が耐えなかったそうだが、悪魔は髪の色が青や緑やオレンジなど普通の人間にはあり得ない色をしているので、だんだんとフォレスの民は受け容れられるようになっていった。 今でも珍しい種族には違いないが、人間と接点ができて二千年。騒ぎが起きるほどのことではない。 だが、警備兵が二人ほど、険しい顔でフォレスの少女に近づいてきた。 「おい、ちょっと待て!」 「え? あ、はい……」 「見慣れぬ顔だな? 名は? どこに住んでいる?」 「イーファ、といいます。この街には今来たところですので、住むところはこれから決めようと、思っているんですが……。 あの、何か、あったんですか?」 少しおどおどと、イーファという少女は訊ねる。 「……昨夜、我が国の宝物庫が賊に荒らされた」 ぎろりと、兵が睨む。これ以上の質問は許さないという気迫が込められている。 「おいおい、おまえらさぁ」 そのとき、兵達の背後から、気の抜けるような声がかけられる。 「なんだ、我々は尋問中……! ……っ! これは、エルドリック様、それにジグニス様も!」 現れた青年二人がよほどの大物なのか、警備兵二人はかなり畏まっている。 確かに、二人の衣装は仕立てのよいものだ。特に栗色の髪の青年の服は上質の絹を使っている。もう一人の、黒髪の騎士はその従者といった風情だが、身につけた部分鎧はかなり高品位の代物だ。 「尋問って、おまえらさ。昨日の賊は悪魔の小僧だろうが。こんな美少女があのこにくたらしいガキなわけねぇだろ」 上質な衣装や、整った顔立ちからは想像できない軽い口調で、栗色の髪の青年が言う。 「それにさ〜、盗まれたものったって、ど〜せ誰も使い方の判らない魔法具じゃないか。そんなに目くじら立てるなって」 「……保安長官ともあらせられる方が、その発言は問題ですぞ」 いかにも真面目らしい黒髪の青年が諫める。従者といっても発言権は強そうだ。 「い〜から、い〜から。 ほら、おまえらはとっとと行け」 「はっ!」 立ち去る警備兵を見送り、二人の青年はイーファに向き直った。 「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」 「いやいや、いいっていいって。おれはいつでも美人の味方。 ……ところで、君は……」 「イーファといいますが?」 「うん、イーファちゃんか。いい響きだ。おれはエルドリック。で、こっちはジグニス。 ところでイーファちゃんは、どこで働いてる?」 エルドリックからの思わぬ質問に、イーファは目をしばたたかせた。 まさか、なんだかんだ言って、彼にも疑われているのだろうか。 「あの……今、来たばかりなので、まだ……。ですが、どこかで魔法屋でも開こうかと思っています。前にいた街でも魔法屋をしていましたから」 魔法屋はその場で魔法をかけたり、護符や魔法具などを売る商売だ。魔術師としては一番一般的な職業である。 「そ〜か。じゃあ、おれのところで働けよ」 「えっ?」 あまりに唐突な申し出に、イーファは驚く。 ついでに従者も驚いていた。 「お待ちください、まだ彼女の素性が明らかになったわけでは……!」 「いいんだよ。美人ならそれで。むさ苦しい男なんて、ジギー、おまえだけで充分だ」 愛称で呼ばれた従者も、むさ苦しい外見をもつわけではない。エルドリックほどではないが、整った顔立ちの好青年風だ。 「ですが、お判りですか? エルドリック殿下の元で働くということは宮廷魔術師になるということですよ? その給与は国家から出されます。つまりは、国民の税金ですよ? 安易に決めてよいものでは……! だいたいあなたは一国の王子としての自覚が」 『殿下』『宮廷魔術師』『国家』『税金』『王子』 随分とスケールの大きな単語が並んでいる。 イーファは目の前の展開についていけず、少々固まりかけている。 「ジギー。殿下はやめろと言った」 うるさそうにジグニスという従者を睨み、『王子』エルドリックはひらひらと手を振って黙らせた。 「だいたい、王子ったって第三王子だ。兄上達がくたばる様子もないし、王位継承なんぞ、どうせおれまで廻ってこない。王子として使う魔術師なら、政治や戦略に長けた爺さんの方がいいだろうが、保安長官として使う魔術師なら、若くて美人な方が、その任に向いている」 彼の理屈はいまいち判らない。とくに、最後の方は。 「ですが……」 「ジギー、おまえは何者?」 問われて、ジグニスはぐっと詰まる。 「……あなたの、近衛騎士です。リック」 部下に愛称の『リック』で呼ばれて満足そうに頷き、エルドリックは改めてイーファを見た。 「なら、おれのやることに文句をつけるな? まあ、もちろん、お嬢ちゃんが嫌じゃなかったら、な?」 ふっと片目を閉じてみせる。なかなか堂に入ったウィンクだ。 「悪い話じゃないと思うぜ? 街で魔法屋やるより、ずっと実入りはいいしな。おまけに三食お茶付き? おう、住むところも提供できるぞ。城の一室でよけりゃあな。こいつの部屋の隣が空いてたはずだ」 「え? あ、はい……」 なんだか断りづらくて、イーファは曖昧に頷きながら、内心少し困っていた。 (なんだか、妙なことになってしまいました……) けれど、案外、いい話かもしれないけれど。
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