「自殺……?」 「何故わかる?」 美星に詰め寄られ、隆はまっすぐに彼女を見た。 「遺体を……見た。あれは、美星ちゃんの武器のせいじゃない。 そして……俺も、なんとなくわかったんだ。そのリュージという人が、自ら命を絶った理由が」 「それは、なにか?!」 美星は隆の腕をがしりと掴んだ。 力を抜かずに掴んでいるから、骨が砕けそうに痛い。 その痛みに負けないように、隆ははっきりと言った。 「君を……死なせたくなかったんだ。そのためには、そうするしかなかったんだろう。それしかできなかったんだろう。 そっちの、青い髪の子が言ったように、誰かの命を守るために、自分の命を犠牲にした。それが素晴らしいことかどうか、尊いことかどうか、それは俺には判らない。だけど、そうせざるを得なかった気持ちは……少しだけだけど、判る」 「………………」 美星の肩が震えている。 「美星……」 結花が、慰めるように肩に手を添えた。 GOOOOOOOO…… その雰囲気をぶち壊すように、轟音が響いた。 「んな……っ?」 壁の一面に、巨大な顔が現れる。 人面といっても、やたら無表情な仮面、あるいは人形のような顔だ。 「ヨクモジャ、マシテクレ、タ」 すっかり脳裏の奥底に放り込まれていた、聞き覚えのある喋り方。 「あ〜、そういやいたっけ。こんなやつ」 血迷ってデスプラントなぞに取り憑いた、書かれなかった怪奇小説の怨霊である。 「わざわざ、怒りのはけ口になりに来たのか? ご苦労なこった!」 ずぶずぶと顔はもりあがり、バチバチと電気を放射しながら球体となって壁から離れた。無数のアームがうごうごとうごめいている。 「章良、時間を稼いで!」 結花は左右の手を同時に使って呪糸を書き始めた。昔、師である文女がやっていた、見よう見まねではあるが。 「ついでにこっちも守ってくれよ!」 メイが呪文の詠唱に入る。ほとんどの呪文をタイムラグなしに放てる彼女にしては珍しく、やたら長い詠唱だ。 章良が巨大な剣を振りまわし、アームを切り払い、虎之助とフェンリルが結花とメイを攻撃から守っている。 美星はがつん、がつんと紐の先の鉄球を振りまわし、本体をぼこぼこに凹ませていた。 「コザ、カシイ」 球体がかつてないくらい、強い電気を放電し…… 「<シールド・バリア・リバース>!」 結花が左右の手で描いた呪糸を連鎖起動。怨霊宿る金属球を中心に白い球体が現れ、電撃の放射を防いだ。 閉じこめられた電撃は、逆に球体を襲う。 「やったぁ!」 思いつきでやったことだが、予想以上にうまくいったようだ。 「だけど、まだ!」 「GI……GIGIGIII」 耳障りな音を立てつつ、それはまだ動いていた。 「オレの出番だな! 戒めの蔓よ!」 メイが呪文を唱えると、仲間たち全員を、どこからともなく伸びてきた蔦が絡め取った。身動きがとれない。 「ちょっと、メイ、何を?!」 美星の疑問には答えず、メイは発動寸前で止めていた呪文の、最後の一言を唱えた。 「すべてよ、無に帰すべし!」 ボンッ! 轟音と共に、空気が突風となって球体に突進する。 「きゃあああ!」 「わああ!」 だがそれも一瞬のこと。風がおさまり、顔を上げた彼らの目の前が、ごっそりと消えていた。 「魂ごと消してやった。造り主に……他人を恨むことしか与えられなかったあいつには、こうした方が幸せかもしんねぇからな」 先ほどの風は、生じた真空に周囲の空気がなだれこんだ風だったのだ。 あらかじめ、メイが魔法でつなぎ止めていなければ、彼らも転がされていたかもしれない。 「……けどよ、オレは、おまえの幸せが、存在を消すことで得られるような、そんな安っぽいもんじゃねえと思ってる。おまえは、もっともっと、いろんなものを持ってるだろ。それを、大事にしろよ。 ひとつのことに囚われたものの末路は、今見たとおりだ。オレはあんなやつを、他にも知ってる」 メイはそっとバンダナで覆った額に触れた。 そこに隠された第三の目は、メイファンディールの象徴。 「おまえは、ああなりたいのか?」 問われて、美星は首を振った。 「……あれは……哀しいと、思う……。 リュージが……アタシがああなること、望んでいないなら…………」 「うん! 一緒に帰ろ! 今のあたしたちが生きるべき、あの世界に!」 頷いた美星の手を、結花は握り、飛び跳ねた。 「……それによ〜」 「?」 妙にしみじみとした表情を見せたメイを、全員が不思議そうに見た。 「やっぱ、後味悪ぃだろが。てめえを、こんなところに放りだして帰ったら」
|
|