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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第32回   美星の決意
 美星の足が止まる。
 見覚えのある扉。いや、忘れるはずなどない。以前、たった一人でこの扉を開いたときのことは、よく覚えている。
 美星は、ゆっくりと扉を開いた。
「………………」
 息が詰まる思い。
 以前と何ら変わっていない。
 暗がりに明滅する、意味不明の無数のランプ。でたらめに廃材を組み合わせたような、醜悪な機械。
 そして、無機質な中に感じる、生命の気配。
「リュー……」
 言いかけて、美星は口を閉ざした。
 彼は死んだのだ。いや、死んだはずだ。
「タカシ……?」
 影が身じろいだ。
「ああ、美星ちゃんか……。よくここが判ったな」
 彼が捕らえられてまださほど時間は経っていないはずなのに、すでに彼の声は嗄れている。この デスプラントは、生体ユニットとした人間の命を削るのだ。
「すまない……巻き込んでしまった。
 今……助ける」
 美星は武器を構えた。
 同時に、銃口が美星を狙う。
 既視感のある光景だ。
「逃げろ……。こいつら……操れ…そうな気が、するんだが……できない」
 自分の命が危ういというのに、隆は美星のことを案じている。まだ、数回しか出会っていない他人のことを。
 美星には、そこが一番リュージに似ているように思えた。
「ううん……今度こそ、アタシは、アタシのやりたいようにやる。ここなら……オマエ
を優先させても、世界は滅びないから」
「………………」
 隆はじっとその声に耳を傾けた。
 事情はさっぱり判らないが、美星の心が聞こえた気がした。
 美星は隆に向かって一歩を踏みだした。
 チュンチュンと音を立て、レーザーが彼女を襲う。
 避ける、避ける、避ける。
「美星!」
 隆の声が響き、それすらかき消す勢いで撃たれるレーザー。
 美星にはかわすことしかできない。
「………………」
 あの扇さえあれば。
 リュージが造ってくれた扇ならばレーザーをも跳ね返すことができるのだが。
「……!」
 美星は首を振った。
 おそらくはリュージの命を奪ったであろうあの扇になど、もう二度と頼れない。
 さらにレーザーをかわし、すでに穴だらけとなった床に転がる。
 そこに追い打ちをかける追尾型の銃口。
 彼女が動く進路を読んだように、退路なくレーザーが放射される。
 美星はとっさに手に触れたものを眼前に掲げた。
 ちゅん、と音がしてレーザーが弾かれる。
「…………!」
 手にしていたのは、なくしたはずの扇だった。
 やはり、殺さなければならないということか。
 戦慄する美星の意志とは関係なく、身体は扇を翻し、レーザーをはじき返している。
 幼い頃から身体にたたき込まれた、生きるための動作だ。これができなければ、彼女はとっくに死んでいた。
 今、彼女の心を支配しているのは、己の死よりも他人の……隆の死。
「美星、逃げろ!」
 声をあげることも辛いはずなのに、逃げろと声を張りあげる隆。やはり……死なせるわけにはいかない。
「いやだ!」
 美星は駆け、銃口を二本切り落とす。
「もう二度と……見捨てない! 殺さない!」
「……!」
 隆は息をのんだ。
 自分自身に似ているという男。先ほど見た、瓜二つの男の死体。隆の中で、色々なことが一つにつながる。
 そして思う。
 美星は勘違いをしていると。
 彼女は、『リュージ』を自分が殺したと思っている。だが、彼女の武器で、あの殺し方は不可能だ。あの男の死因は、レーザー砲によるものだ。
 隆は、美星を追うレーザー口の一つに意識を集中してみた。
「…………!」
 動かせる。完全に思い通りにとはいかないが、あるていどなら動かせそうだ。
 そして、『リュージ』がそうした理由が、隆には何となくわかった。
 無論、彼とてまだ死にたくはないが……。
 動かせるようになった銃口を、隆は自分に向けた。
「! だめっ!」
 美星が圏を投げる。
 それは銃口を切り落として、彼女の元に舞い戻った。
「もう……死なせない!
 誰かが死ぬなんて結末、いらない! せっかく、誰かの思い通りにならなくてもいい世界に来たんだから! だから、自分でほしい結末は、自分で決める!」
 そう叫んだ美星に、一斉に銃口が火を噴いた。
「!」
 だが彼女は傷一つ負わなかった。
 白い球の壁が美星を覆い、銃口の半分以上が吹き飛んだのだ。
「そして、そのためにオレたちがいる……そうだろ?」
「仲間だから、ね!」
 頭に布を巻き、額を隠しているメイと、章良を伴った結花が姿を現した。

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Novel Editor