金属虫が爆発で吹き飛んだ。 だが、それは少々威力が大きすぎたらしい。 床にまで穴が開き、結花はバランスを崩して落ちてしまう。 「きゃあああああ!」 奇蹟か、僥倖か。どちらも同じという気もするが、本人をしてそう思わしめるほど、運良く穴の縁に手を掛けることができた。 そうでなければ、間違いなく死んでいただろう。 穴の下は奈落だったのだから。 彼女より下に階層はなかったのだ。 その床にしてはあまりにも脆すぎる。結花の手で軽く掴めるほどの厚さしかないのだ。まさかそれほど薄いとは思っていなかったので、結花も威力の調整などしなかった。 「うう〜」 左手だけで掴んでいた縁を、なんとか右手も挙げて、両手で掴む。 そこから懸垂の要領で身体を持ち上げようとするが…… 「……たはっ」 がくんと落ちた。 もともと平均的な女子高生より少し上くらいの筋力しか持ち合わせていない結花には、疲れている今、頭を出すだけで精一杯である。 「……あたし、もう、ダメかな……」 助けが来るとはあまり期待できない。そもそも彼女が危機に陥っているということを報せる手段もないのだ。 虎之介が手首を噛んで、落ちないようにしてくれている。 「うん、そうだね、虎之介。諦めちゃ、だめだよね」
毛の生えたワニのような生物が、群をなして結花を取り囲んでいる。 三分の一は死体になっているか、戦えないほどの怪我を負わせた。だが、残り三分の二はぴんぴんしている。 これは<まほろば>の生物だ。 ワニのようにどう猛で、哺乳類のように知恵があり、群をなし、ねばり強い。 結花は虎之介に守られるようにして立っている。その右腕はだらりと垂れ下がっていた。 折れている。 呪糸の発動ができないのだ。そうでなければ、この程度の敵など吹き飛ばせる。 文女なら、左右どちらの手でも呪糸を発動できるのだが。 「ごめんね、虎之介」 自分を庇って戦ってくれている友人に、そう声を掛ける。縞の毛皮にはいくつも血の染みがついている。敵の返り血でないものの方が多い。 (……真臣さんがいれば) 今まで何度も窮地を救ってくれた彼がいたなら。この危機もきっと救ってくれるはずなのに。 けれど、消えてしまった。 彼女を助けてくれる人は、どこにもいない。 (……このまま、殺されるのかな) 頭の奥の方が、そんなことを呟いている。 けれど、真臣も、<まほろば>も、どうせ手が届かないのなら。 諦めることと、死は同義なのだから。 「無事かっ! 結花っ!」 響いた声に、結花の意識は頭の芯に集中した。 「章良っ?!」 フェンリルが虎之介を庇うように地面におり立つ。 「風醒剣!」 聞き慣れた声が響く。 風が巻きおこり、風の刃に異界の猛獣は切り刻まれた。 結花にとっては見慣れた光景だ。章良の武器、巨大な剣には、呪糸と同じ文字が刻み込んである。日に一度しか使えないが、効果は絶大。 「……ったく、この辺は危ないからダメだって言われてたろ」 「…………だって」 危険なところだからこそ、真臣がいるかもしれない。 「………………。 まあいいや。とりあえず無事だったんだし。帰ろうぜ」 「あ、うん……」 章良の背中を、結花は追った。
「………………」 手が痺れてきた。 どうせダメなら、早く楽になった方が得だろうか。 いつも助けてくれた人はいないのだし。 もう、楽になろう。十分に頑張ったはずだから。 結花の手がずるりと滑った。 「諦めるな!」 叫ぶ声が聞こえる。 手首を誰かがつかんだ。 大きくて、力強い手。 「!」 見上げると、章良がいた。 「待ってろ。今、助けてやるから」 思っていたよりも強い力で、結花は穴から引っ張り上げられた。 「……章良」 「おう、久しぶりだな」 「どうして、ここに?」 「……携帯がつながらなかったからな。芽衣さんにもかけてみたけど圏外だし。 で、こいつを頼りに探しに来たんだ。 本の中にはリアさんに入れてもらった」 章良は狼に似た異界の生物の頭をポンと叩いた。 フェンリルと呼ばれるこの獣の鼻は、警察犬よりも鋭いのだ。 「そっか……。ありがと。 章良も、いつの間にか真臣さんくらい頼もしくなってたんだね」 「……いつの間にかはよけいだっつーの」 二人は並んで駆けだした。 対等な、助けあえる仲間として。
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