あまり物は置いていないけれど、清潔そうな部屋は、やはりメイシンの世界では見なかったものだ。 「………………?」 自分は夢でも見ているのだろうか。 彼女の眠りはいつも浅いから、よく夢を見た。だいたいは悪夢だけれど。 「さて、まずは傷を治さないといけませんね」 メイシンより二、三歳年上の、髪が腰まで長い女性が言う。楚々とした美人だ。その清楚さに似合わず、妙にごてごてとアクセサリーをつけている。とくに額飾りは少々大仰で、似合っていない。 「………………」 聞き取れないほど小声で何か呟いたかと思うと、メイシンの腹の傷がみるみる塞がった。 「???」 「大丈夫? 痛いトコ、ない?」 顔を覗き込んできたのは、もう一人の女だ。メイシンと同じ年頃の、髪の短い小柄な少女だ。くりっとした目が可愛らしい。 「……平気。 なにをした? あれは、かなり深い傷だ。縫っても、完治に一月はかかる」 「魔法ですよ。傷を癒す魔法です。あなたをここに連れてきたのも魔法」 「マ、ホウ……?」 聞いたことのない単語に、メイシンは眉を寄せる。 「ああ、あなたは魔法のない世界から来たんですね」 「なんなんだ、それは?」 髪の長い女性が何のことを言っているのか、メイシンはさっぱり判らなかった。 「まあ、最初見たらびっくりするよね〜。あたしだって驚いたもん。魔法っぽいものにはあたしも縁があったけど、芽衣のは威力が桁違いだからさ」 「あら、虎之介くんのことは、逆に私、驚きましたよ?」 「へへへ。ああ、虎之介。一旦戻って。外から見られると困るし」 虎之介、と呼ばれたのはメイシンの見たことのない生き物だった。 人が乗れるくらいに大きな、縞模様の生き物。 その虎之介は、ミニスカートから伸びる少女の右太股に消えた。消える瞬間、何か文字のようなものが太股に浮かび上がったが。 もちろん、少女の太股は虎之介の四肢よりも細い。 「………………???」 何がどうなっているのやら。 「ちょうどいいですから、あなたの世界と、ここの世界の関係について、お話ししておきましょう。 ふふふ、最初は、信じられないと思いますよ。私達もそうでしたから」 髪の長い方の女性が微笑む。 「それよりさぁ、まずは名前を聞こうよ? あ、あたしは、井原結花。よろしくね?」 「え? あ、ああ……」 ショートカットの娘が差しだした手を、メイシンはおそるおそる握りかえした。とくに、力を込めないように注意して。 「私は、少しややこしいですよ? 私はイーファというんですが、こちらでは月城芽衣と名乗っています。 あなたのお名前は?」 「……メイシン」 「メイシンか。中国系っぽい響きよね?」 結花が芽衣に確認する。 「……ごめんなさい。私はこちらの世界にはまだ疎いですから……。でも、私の世界では、東方風の名前、という印象ですね」 「あ、そかそか。こーいうとき、文女ねーさんがいてくれたらなぁ」 「アヤメさん……結花がときどき話す、語学が堪能な方ですね?」 「そんで、あたしの師匠の一人ね。この世界にはいないから、どうしようもないけど。 ……あ、ごめん。わかんないよね。こっちで勝手に話してても」 「……はぁ?」 メイシンは首を傾げた。さっぱり判らない。 「ねえ、メイシンって、漢字は? 漢字があるなら、その日本語読みをこっちでの名前にしちゃえばいいよ。中国語読みのままでもいいけど、日本人って自分と違う存在を拒否したがるから、できるだけ目立たない方がいいし、ね。 それに、芽衣とメイシンとで名前がかぶるし」 「???」 結花が何を言っているのかさっぱり判らず、メイシンはさらに首を傾けた。 「えっと、アタシ、字は書けない。書けないの、問題か?」 「ううん……え〜じゃあ、名前の意味とか判る? 漢字なら意味があるはずだもんね」 「意味? ……リュージが、『うつくしーほし』だと言ってた。だけどアタシ、『ほし』見たことない。それは、何か?」 結花と芽衣は顔を見合わせた。何となく、メイシンの世界がどんなところだったか、想像がついたからだ。 「……美しい星、か。じゃあ、美星ちゃん、なんてどう? かわいーと思うけど?」 「みほし?」 「そ。それが、ここでのあなたの名前。気に入らないかな?」 聞かれて、メイシンは首を振った。 そんなに嫌いな響きじゃない。 「ううん。それで……いい」 「あとは名字ですね。なにか、ありますか?」 芽衣が結花に訊ねる。 「そうだねえ。元の姓は何?」 「……ユウ。『有る』いう意味だと聞いた」 「ユウ、ですか?」 聞き返しながらも、芽衣は自分で考える気はないらしい。 「有……か。有のつく名字……有田、有馬…、有原…それから…有賀、とか?」 「ありがみほし、ですか? 語呂はいいんじゃありません?」 芽衣が頷く横で、結花は紙とペンを取りだした。 そこに大きく『有賀 美星』と書く。 「これが、あなたの名前。有賀美星。いい?」 「ああ……。ありが、みほし、だな。……わかった」 美星は柔らかく微笑んだ。
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