壊れた額飾りが落ちていくのを、メイは呆然と見送っていた。 彼女の露わになった額にも目が付いている。 それが、ゆっくりと開いた。 現れた第三の目は、他の二つと同様、綺麗なアクアマリンブルーの瞳。 「………………」 その三つの目で、自身の身体を見下ろす。 短い髪、動きやすそうな服。そういったものを見、かすかに不快な表情を一瞬だけつくり、彼女は目を閉ざした。 ほんの一瞬のことだが、集中する表情。 目を開けたときには、彼女の姿はがらりと変わっていた。 髪の色はそのままだが、腰までと長くなっている。服も上等そうな布をたっぷりと使った、優雅なものだ。 そうしてから、ようやく自分の周囲を見た。 「此処は……何処?」 かつて彼女を生みだし、そして彼女が破壊した魔法科学とは全く異なる技術体系で造られた機械を見回す。 だが、彼女にとって、見慣れない技術の産物など、どうでもよかった。ときが来れば破壊するだけのものでしかないから。 「……ラーは、どこ……?」
青い髪の娘たちが、部屋の中で思い思いに過ごしている。 二十人ほどいるだろうか。どの娘もタイプは違うが、美人揃いだ。 娘が三人寄ればかしましいという。それがこの数だ。賑やかなものである。 そして、華やかだ。帝国の宮廷だって、これほどの華が揃うことは難しいだろう。 部屋のドアが開き、娘達は一斉に入ってきた人物に駆け寄っていった。 「ラーハイトさま」 「お会いしたかったですわ」 「今度はゆっくりしていってくださいますの?」 ラーハイトと呼ばれた青年は、本物の金を極限まで細く伸ばして造ったような金髪の男で、娘達も霞むほどの美貌の主だった。なおかつ超然とした気品があり、しっかりとした実力に裏打ちされたらしい自信も態度や表情に現れている。 自分に惜しげもなく身体を寄せてくる娘達を片手で制しながら、男はゆっくりと部屋の中を見回した。 彼に寄ってきた娘は十九人。 たった一人だけ、彼を中心とした輪に加わっていない娘がいる。 何かを求めるかのような目で、じっと彼を見つめていた。
広い庭に、青い髪の娘が一人腰掛けている。庭の花を選び、それらを編んでいる。 「……君は、私に興味がないのかな?」 娘が驚いて顔を上げると、ラーハイトという青年が一人側に立っている。 「……!」 頬を赤く染め、慌ててその場を立ち去ろうとした娘の腕を、ラーハイトはさっと掴み、そして自分の方を向かせた。 「随分と嫌われたものだな……」 「そ、そんなことは……」 娘の顔はとがった耳までみるみる真っ赤に染まる。 そんな娘の反応を、ラーハイトはしばらく面白そうに見ていた。 「君、名前は……? ああ、いや。皆まとめてメイファンディール……だったか。でも、個体識別のための名称はあるんだろう?」 「はい、ラーハイト様。 私は、MA-12と呼ばれています」 太陽神ラーハイトの、対にして、妹にして、恋人たる月神メイファンディール。ここにいる娘達は、生体兵器<悪魔>から改良された、女神候補たちだ。 ラーハイトの恋人であるから、二十人の中から誰を選ぶか、その最終決定権はラーハイト自身にある。 だから、彼女たちは彼の機嫌を取るのに余念がない。 こうやって、一人になるのは相当難しいことだったはずだ。 そうまでして、ラーハイトは、ただ一人自分に寄ってこなかった娘に近づいている。 「MA-12、君は……女神の地位や、私になど興味ないのかな? 他の候補者達と違い、私の機嫌などどうでもよいようだが?」 「……そういうわけでは……。ですが、ラーハイト様はこちらにいらっしゃるたびに、大仰に構われることを厭うておいでのように思いましたので……私だけでもラーハイト様をお煩わせないようにしなければ、と……。 それに、私など……」 MA-12はしゅうぅ、と俯く。 ラーハイトは記憶をたぐった。 魔術の適性検査の成績は、このMA-12がトップだったはずだ。知能指数はたしか3位。 「あの、ラーハイト様?」 自分の気遣いが、かえって彼の不興を買ってしまったのではと、おどおどとした視線を向けてくる。 「……ラーでいい」 「…………はい?」 「私のことは、ラーでよい。敬称もいらぬ」 「はい……あの…………ラー」 他の者に名を省略して呼ぶことを許したことはない。それを知っているのかいないのか、MA-12は幸せそうに彼の名を呼んでいる。
「ラー……」 「あいつは、いねぇよ」 背後からの声にメイファンディールは振り返った。無視しても良かったのだが、己と同じ声なのが気になった。 「あの方を、気安く呼ばないで」 目の前に、つい先ほどまでの自分と同じ姿が立っている。 「影にすぎない分際で」 MA-12をベースに、その他の19人の少女達を融合させて生まれた女神は、己の意識覚醒に連動して現れた幻覚を睨みすえた。
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