■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第28回   美星の知らない物語
 電磁幕の向こう、天井近くにケーブルが飛びだしているのが見える。
 あれを切れば、バリアは消えるかもしれない。
 もちろん、あれは誘いで、何かのトラップかもしれないが。
「………………」
 美星は圏を取りだした。切れ味鋭い鉄の輪。
 ケーブルまでは目算で六メートルといったところか。圏に結びつけた紐の長さは約五メートル。
 少しばかり、足りない。
 美星は紐を解いた。
 紐がなければたぐり寄せることができないから、再挑戦はできない。
 充分に広い空間があれば、圏はブーメランのように戻ってくるのだが、この通路はあまりに狭い。
 もっとも、広くてもバリアの熱で圏が歪み、きちんとした軌道が描けないかもしれないが。
「……リュージ。……タカシ」
 もしかして、会いたくないと思っているのは自分自身だろうか。
 世界のためという大義名分を掲げ、人一人を殺そうという自分の気持ちが、彼らに会うのを拒んでいるのか。
 だとしたら、なんてつまらない感情だろう。
 ピンと立てた人差し指を圏に掛け、くるくると回しだす。
 回転はどんどんと速くなり……
 圏は投げられた。

 デスプラントに入ったところで、シュージはケリー、ウェズリといった特に親しい仲間に近づいた。
「ちょっと……いいか? 相談があるんだが」
「何か?」
 声を落とすシュージに会わせ、小声で聞き返してくる。
「この先……。奥に進む人間の優先順位を決めておきたい」
「確かに……確実に奥に行ける人間を残さねえとな。失敗は……許されん。
 一番は、やっぱおめぇか? シュージ?」
 シュージの強さは誰もが認める。単純に力だけならケリーやメイシンの方が上だが、シュージの格闘センスは群を抜いている。
 さらに、短時間といえど飛べることのメリットは大きい。
「……いや。兄さんに……最期に会わせてやりたい奴がいる」
 シュージの視線は先頭を歩く少女に向いている。もし、彼らがこんな会話をしていると気づけば、一番怒りそうな、このメンバー中で唯一の女性。
「そうですね……。けれど、それは彼女にとって……酷なことですよ」
「ああ……判っている。だから、できるだけ俺も行く。弟として、俺がケリをつける。
 だけど……どうしても一人しか行けなくなったら。そのときは、メイシンに行ってもらう」
 しばらく、沈黙したまま男達は歩いた。
 次に口を開いたのも、シュージだった。
「……もし。もしものときは……一生をかけてでも、俺はメイシンに償う。償って、償いきれるものじゃないことは判ってるが……」
「…………ふん」
「そうですね……。男として、最期に大切な女性に会いたい……その気持ちは解ります」
 ケリーはむっつりとした顔で頷き、ウェズリは服の上からロケットを握りしめる。
「……悪ぃな。我が儘言って」
「何、言ってるんですか。今に始まったことじゃないでしょう」
「それに、テメエが行って始末をつける。それで問題なしだ」
 シュージの背中が派手に叩かれる。
 その痛みに耐えつつ、複雑な笑みを浮かべ、シュージは再びメイシンを見た。
 今のやり取りを彼女が知ることは、永久にないだろう。
 なくていいのだ。

 突然走り去ってしまった美星の後姿を見送って、隆はしばし呆然としていた。
 一体、どういう意味なのだろう。
『そのうち、アタシが……殺さなければならなくなる』
 彼女の言う『殺す』は比喩的な意味でもなければ、日常気軽に使う脅し文句としてのそれでもないだろう。
 根拠はないが、そう直感した。
 そして、『リュージ』なる人物は本当に彼女に殺された可能性もある。
 最初出逢ったとき、その『リュージ』として、彼は殺されそうになったのだから。
 だが、その『リュージ』を憎しみで殺したわけではない。
 彼を『リュージ』と間違えたときの笑顔。あれは、大切な人に向ける笑顔だ。自分に笑いかけるときの顔とは違う。
 隆は、それが少し悔しい気もした。
 紅茶の入った缶を両手の平の中でゆっくりとまわす。
 不思議な少女だ。
 初めて会ったときは薄汚れたどころか、浮浪者も驚くほど汚れたボロボロの姿で、しかも傷だらけだった。
 次の日、出逢ったときは逆に小綺麗になっていて、真新しい服を着、二人の友人と一緒で……まるで別人だった。
 そう、普通なら、同一人物とは思えないだろう。襲われ、武器を向けられた衝撃や、街と異質な空気。そういった印象が強すぎて、顔などあまり覚えていないはずだった。
 けれど、一目で判ったのだ。
 昨日の少女だと。
 そして、声をかけなければと思った。
「ま、また機会もあるさ」
 残った紅茶を飲み干し、実験に戻るべく隆は立ち上がった。

 圏が弧を描いて飛び、ケーブルに迫る。
 がつっ!
 周囲の壁をも破壊する勢いで、ケーブルを切断する。
 ばんっとバリアが弾け、通路が開いた。
「……会いに、行ってもいいよね」
 圏を投げた腕をゆっくりと下ろしながら、美星は呟いた。
「アタシは……会いたいから」
 今度こそ、自分の意志でどうしたいかを決めたいから。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor