電磁幕の向こう、天井近くにケーブルが飛びだしているのが見える。 あれを切れば、バリアは消えるかもしれない。 もちろん、あれは誘いで、何かのトラップかもしれないが。 「………………」 美星は圏を取りだした。切れ味鋭い鉄の輪。 ケーブルまでは目算で六メートルといったところか。圏に結びつけた紐の長さは約五メートル。 少しばかり、足りない。 美星は紐を解いた。 紐がなければたぐり寄せることができないから、再挑戦はできない。 充分に広い空間があれば、圏はブーメランのように戻ってくるのだが、この通路はあまりに狭い。 もっとも、広くてもバリアの熱で圏が歪み、きちんとした軌道が描けないかもしれないが。 「……リュージ。……タカシ」 もしかして、会いたくないと思っているのは自分自身だろうか。 世界のためという大義名分を掲げ、人一人を殺そうという自分の気持ちが、彼らに会うのを拒んでいるのか。 だとしたら、なんてつまらない感情だろう。 ピンと立てた人差し指を圏に掛け、くるくると回しだす。 回転はどんどんと速くなり…… 圏は投げられた。
デスプラントに入ったところで、シュージはケリー、ウェズリといった特に親しい仲間に近づいた。 「ちょっと……いいか? 相談があるんだが」 「何か?」 声を落とすシュージに会わせ、小声で聞き返してくる。 「この先……。奥に進む人間の優先順位を決めておきたい」 「確かに……確実に奥に行ける人間を残さねえとな。失敗は……許されん。 一番は、やっぱおめぇか? シュージ?」 シュージの強さは誰もが認める。単純に力だけならケリーやメイシンの方が上だが、シュージの格闘センスは群を抜いている。 さらに、短時間といえど飛べることのメリットは大きい。 「……いや。兄さんに……最期に会わせてやりたい奴がいる」 シュージの視線は先頭を歩く少女に向いている。もし、彼らがこんな会話をしていると気づけば、一番怒りそうな、このメンバー中で唯一の女性。 「そうですね……。けれど、それは彼女にとって……酷なことですよ」 「ああ……判っている。だから、できるだけ俺も行く。弟として、俺がケリをつける。 だけど……どうしても一人しか行けなくなったら。そのときは、メイシンに行ってもらう」 しばらく、沈黙したまま男達は歩いた。 次に口を開いたのも、シュージだった。 「……もし。もしものときは……一生をかけてでも、俺はメイシンに償う。償って、償いきれるものじゃないことは判ってるが……」 「…………ふん」 「そうですね……。男として、最期に大切な女性に会いたい……その気持ちは解ります」 ケリーはむっつりとした顔で頷き、ウェズリは服の上からロケットを握りしめる。 「……悪ぃな。我が儘言って」 「何、言ってるんですか。今に始まったことじゃないでしょう」 「それに、テメエが行って始末をつける。それで問題なしだ」 シュージの背中が派手に叩かれる。 その痛みに耐えつつ、複雑な笑みを浮かべ、シュージは再びメイシンを見た。 今のやり取りを彼女が知ることは、永久にないだろう。 なくていいのだ。
突然走り去ってしまった美星の後姿を見送って、隆はしばし呆然としていた。 一体、どういう意味なのだろう。 『そのうち、アタシが……殺さなければならなくなる』 彼女の言う『殺す』は比喩的な意味でもなければ、日常気軽に使う脅し文句としてのそれでもないだろう。 根拠はないが、そう直感した。 そして、『リュージ』なる人物は本当に彼女に殺された可能性もある。 最初出逢ったとき、その『リュージ』として、彼は殺されそうになったのだから。 だが、その『リュージ』を憎しみで殺したわけではない。 彼を『リュージ』と間違えたときの笑顔。あれは、大切な人に向ける笑顔だ。自分に笑いかけるときの顔とは違う。 隆は、それが少し悔しい気もした。 紅茶の入った缶を両手の平の中でゆっくりとまわす。 不思議な少女だ。 初めて会ったときは薄汚れたどころか、浮浪者も驚くほど汚れたボロボロの姿で、しかも傷だらけだった。 次の日、出逢ったときは逆に小綺麗になっていて、真新しい服を着、二人の友人と一緒で……まるで別人だった。 そう、普通なら、同一人物とは思えないだろう。襲われ、武器を向けられた衝撃や、街と異質な空気。そういった印象が強すぎて、顔などあまり覚えていないはずだった。 けれど、一目で判ったのだ。 昨日の少女だと。 そして、声をかけなければと思った。 「ま、また機会もあるさ」 残った紅茶を飲み干し、実験に戻るべく隆は立ち上がった。
圏が弧を描いて飛び、ケーブルに迫る。 がつっ! 周囲の壁をも破壊する勢いで、ケーブルを切断する。 ばんっとバリアが弾け、通路が開いた。 「……会いに、行ってもいいよね」 圏を投げた腕をゆっくりと下ろしながら、美星は呟いた。 「アタシは……会いたいから」 今度こそ、自分の意志でどうしたいかを決めたいから。
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