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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第26回   イーファの物語2
「つう……」
 尻をさすりつつ、エルドリックは立ち上がった。
 見上げても、落ちてきた穴は既に閉じている。
 小刀の鞘を抜いてみたが、暗闇の中でちらりとも光らない。イーファにかけてもらった<持続光>の魔法は十日くらいは保つはずなのだが。
 仕方なく、携帯用のランプを点ける。ぼんやりとした光が周囲を照らした。
 救いは、密室ではないことか。通路が一方にのみ延びている。
「……参ったな」
 綺麗な栗色の髪をかき乱し、エルドリックは思案する。
 彼がここに落ちるところを目撃したのはただ一人。その一人も一緒に落ちているから、助けが来ることは期待できない。彼が行方不明だと判れば、イーファが<方向感知>くらいは使うだろうけれど。ジグニスの騒ぎぶりが目に浮かぶ。
「そういや、静かすぎるな? <蒼の影>?!」
 その道連れになった怪盗を振り返る。
 いつも生意気な軽口を叩き、人を食った態度をとる<悪魔>の怪盗は青ざめた顔で倒れ伏していた。静かなはずだ、意識がない。
「おい、しっかりしろ!」
 揺り動かそうとして、止めた。下手なことをすれば危険だということくらいは知っている。
「……う」
 澄んだ水色の瞳が開く。が、焦点は合っていない。
「大丈夫か、おまえ? どこか、打ったか?」
 怪盗相手に親身になって心配するのも変だと思ったが、死にそうなくらい弱っている相手に、怪盗だからと言う気にもなれない。
「……マナが…………」
 言いかけて、<蒼の影>は上体を起こし、少し楽な体勢になった。
「マナ……死んで、る。
 いい、ことを、教えてやろう。<悪魔>は……マナがないと……生き、ていけない。オレをここに……放っていけよ。てめぇの敵が……いなくなる」
 <蒼の影>の目は真剣だった。
(オレが死ねば、少なくともこの大陸は……この国は滅びずにすむ)
 このような場所があるとは思っていなかった。マナが侵入できない、『マナが死んだ』空間にするのは、かなり難しい呪法なのだ。おそらく、<悪魔>から逃げるシェルターにするために、蛮族の魔術師が施したものなのだろう。
 神として造られたメイファンディールは、並の<悪魔>と違い、死ねないようにできているが、マナが枯渇したときに活動が停止することだけは避けられない。精霊召喚のための宝飾品や、その他の魔法具に込められたマナがなければ即死していた。
「………………。
 馬鹿なこと、言ってんじゃね〜よ」
 膂力にものをいわせて、<蒼の影>の軽い体を担ぎあげる。そして強引に背負い、唯一伸びた道を歩き始めた。
「おい……?
 わかって……のか? オレは……」
「<悪魔>で大怪盗、だろ? 国家認定の敵、だな〜。
 ……それがどうした?」
「ど……って、おま、え……」
 <蒼の影>の声はかなり苦しそうだ。それはエルドリックへの体重の預け方でもわかる。全身に全く力が入っていない状態だ。
「おまえさ〜。おれをそんな薄情な人間だと思ってるわけ? おまえは盗みの現場で捕まえる。こんなところで見殺しにしたら後味が悪いだろ〜よ」
「………………」
「それに、おまえは盗みはするが、殺しは一度もしてないよな? 人間の犯罪者なら、死刑になるほどじゃない。それに、子供を二十人ばかし誘拐した<悪魔>を倒して、子供を助けたこともあったろ?」
 だから死なせはしないというのだろうか。
「それに〜、おれさまが女の子を見捨てると思うか?」
「!」
 女だと指摘されたことが、よほど驚きだったらしい。<蒼の影>の身体がわずかに強ばる。
「……こんだけ密着してたら気づくっつ〜の。
 しかしおまえ、貧乳だな」
「う……せぇ。昔は、これが…………」
「……<蒼の影>?」
 途中で言葉が途切れたのを不審に思い、背中に声をかける。
 聞こえてきたのは、少し苦しそうなかすかな寝息。
「……やれやれ」
 小さく溜息をつくと、背中の少女を起こさぬように、静かに歩いた。

「………………」
 一番最初に目に入ったのは温かな日の光だった。
 そして体中にマナを感じる。外に出たのだ。
「よう、目が覚めたか」
 何とも軽い声に振り返ると、エルドリックが汲んできたらしい水を差しだしてくれた。
「……サンキュ」
 素直に受け取り、口をつける。冷たさと潤いが全身に広がっていく感覚が心地よい。
「それにしても、物好きな奴だぜ! ヒト族の敵を助けるたぁな!」
「そんな言い方はないでしょ〜よ、<蒼の影>よ〜。お礼にキスのひとつくらい……ったぁ!」
 すこーんと、小気味よい音を立てて水を入れていた器がエルトリックの頭に命中する。
 先ほどまでの弱々しさは、どこかへ吹っ飛んだらしい。
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ!」
「いやいや、本気本気。おれ、美少女は必ず口説くことにしてるから。おまえって、よく見ると可愛い顔してるよな。寝顔も堪能させてもらったぜ」
「なっ……!」
 <蒼の影>の顔がみるみる赤く染まる。普通に、女の子の反応だ。
「オ、オレを助けたこと、後で後悔させてやるからな!」
 捨てゼリフを残し、<蒼の影>は姿を消した。
「女の子だと思うと、あ〜いう天の邪鬼さもかわい〜って思っちゃうんだよな〜」
 妙にしみじみと、一人取り残された王子様は呟いた。

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Novel Editor