「どうやってこれを通れっていうんだ」 短く刈りあげた金髪の身長三メートルの大男、ケリーがぼやく。背が高くても、横幅も結構あるのでひょろりとした印象はまったくない。ちなみに全身が筋肉の塊だ。 「たしかに、これでは無理に通っても黒こげですね」 栗色の髪のウェズリは顔は優男だが、背中から逞しい腕が余分に三本も生えている。 彼らの目の前には十メートル四方の部屋がある。 床一面に、強い電流が流れている。屈強な彼らでも、耐えられないだろう。 「だが、行くしかない!」 仲間の気を引き締めるように叫んだのは、黒髪の青年、シュージだ。彼には昆虫のような薄い半透明の羽根が生えている。短い距離なら飛べるから、彼一人ならここを乗り越えることもできる。 だが、この先一人で乗り切れるとは、あまり思っていない。 それに、どうしても連れていきたい人間が一人いた。 シュージは、ちらりと残った仲間で一番小柄な彼女を見た。 「でも、リュージはアタシたち、来ること望んでいるか?」 不安そうにメイシンが呟く。 「リュージが来るな、言っている…思う」 そうか、とシュージは思った。ここに来てから、普段は明るい彼女がずっと沈んでいるのを不審に思っていたのだ。どんな危機的状況でも彼女の目から消えたことのない強い意志の光が、ここに来てから弱まっている気がしていた。 「決まってるだろ、そんなこと」 女性ではもっとも強いと思われる少女が、不安そうに自分を見ている。その視線を意識しつつ、シュージは続けた。 「馴染みの仲間だ。会いたくないわけがない」 「……そうだな」 メイシンが小さく頷く。 「それより、どうやって通るんだ」 「どこか、電気の流れを止めることができればいいんですが。 ……ああ、ケリー。ロープを用意していませんでしたか? シュージが一端を持ってあちらまで飛び、あなたと二人でロープを張れば、私とメイシンが渡れます」 ウェズリの話を聞いて、合点したというふうにシュージが頷いた。 「で、俺が飛んで戻って、ケリーがロープを渡れば……だな?」 「はい」 話がまとまれば、彼らの行動は早い。ケリーがロープを出すなり、シュージはそれを持って飛びだしていた。
「気をつけろよ!」 前方から、シュージの声が聞こえる。 体力もあって、敏捷性にも自信のある彼女だが、不安定なロープにぶら下がるというのは、あまり得意なことではない。 「う、うん……」 少し余裕のない声で、返事をした。 「いけません! 急いでください、メイシン!」 後から、ウェズリの声が響いた。 「!」 左右の壁が動きだした。じりじりと中央に向かって迫ってくる。 「時間がねえ! ウェズリ、おまえも行け!」 「けれど……いえ、わかりました!」 ぐっと、ロープが傾く。 メイシンも、少し慎重さを捨ててロープをたぐる手を早めた。 したたり落ちた汗が床に落ちてじゅっと蒸発する音が聞こえる。 「もう少しだ!」 シュージの声に勇気づけられ、最後の数メートルを一気に渡る。 「ふぅ〜」 ようやく床に足をつけ、安堵の息を漏らす。これも忌々しいデスプラントの一部だが、それでもないよりはずっといい。 一息ついて、メイシンは振り返った。 そして愕然とする。 ウェズリはまだロープの中程なのに、壁はもうすぐそこまで迫っている。 「急いで!」 電磁床ぎりぎりのところに立って、精一杯手を伸ばす。 壁の幅はあと三メートルもない。 二メートル、一メートル。 メイシンの指先がウェズリに触れた。 どん!! すさまじい振動と共に、壁は閉じた。 「………………」 メイシン、シュージ、ウェズリの三人は折り重なるように倒れていた。 「だい、じょうぶ?」 「ああ、俺は……。怪我のある奴は?」 「私も、平気ですよ。メイシンが引っ張ってくれたおかげで、間に合いました」 音にもならない程度に、三人の口から安堵の息がもれる。 「あ!」 メイシンが立ち上がり、閉じた壁を叩いた。 「ケリー! ケリー!」 彼は壁の向こう側だ。 「仕方ありません……。私達が渡るだけでぎりぎりでした。 それに、彼なら無事ですよ。壁に挟まれたわけではありませんから。コークスやサンドに比べれば、まだ……」 「………………」 どう考えても死んだとしか思えない状況ではぐれた友の顔が脳裏を掠める。 「なんで、こんな……」 指が白くなるほど、メイシンは強く強く、手を握りしめた。 これほど苦しく辛い思いをして、大切な仲間を失って、そこまでしてやらなければならないこと。 それは、彼女にとって一番大切な人を殺すことなのだ。
|
|