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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第24回   分断
「メイ? 結花?」
 驚異の瞬発力で穴に落ちることを回避したものの、一人残されて戸惑わないはずがない。一瞬で閉じてしまった床を、美星はどんどんと叩いた。
 だが、彼女の怪力をもってしても、床は凹むばかりで貫通する様子はない。
「前は、こんな罠なかった」
 内部が改造されているのだろうか。
 攻撃の手が止んでいたのも、この落とし穴を用意するためだったのかもしれない。
 この改造は、誰の意志だろうか。
 デスプラントのメインコンピュータが、侵入者を排除するのにもっとも有益な方法として導きだした答かもしれない。あるいはデスプラントに取り憑いたという怨霊かもしれない。もしかすると、取り込まれてしまった隆という可能性だってある。
「………………」
 ここでこうしていても仕方がない。
 二人の安否も気になるが、彼女たちのもとに行く手段がない以上、案ずるのは時間の無駄であり、集中力を損なうだけだ。
 無事なら、彼女たちもなんとか前に進むはず。
 だったら、自分も自分に今できることをしなければならない。

「参ったな」
 メイは頭上を見上げてぼやいた。
 もう、ただの天井だ。自分が落ちてきた穴はない。メイは咄嗟に唱えた<浮揚>の呪文でここで留まることができたが、結花はさらに落ちていった。その穴もない。
 彼女のことまで助ける時間はなかったのだ。やはり、魔法は万能ではないと思い知らされる。
「シュートってやつか。手の込んだことしやがる。
 オレ、落ちんのあんま好きじゃねぇんだよ」
 一度マナのない遺跡に落ちたことがトラウマになっているのだ。あのときは本当に死ぬと思った。死んでも仕方ないと思った。世界のためには、その方がいいとも考えた。
 一緒にエルドリックが落ちていた。彼女が宮廷魔術師として仕えていた王子と。
 イーファとして落ちていれば、彼が助けてくれることは明白だった。
 だが、<蒼の影>として盗む最中だったのだ。
 <悪魔>であり、怪盗である<蒼の影>は、見捨てられると思った。<悪魔>は今を生きる人類にとって滅ぼすべき敵であり、<蒼の影>には国家と保安部の威信をさんざんに傷つけられていたのだから。
 けれど予想に反してエルドリックは<蒼の影>を助けた。
「……それよりどうすっか?」
 先ほどいた通路なら、<転移>で戻れるだろう。だが、結花が落ちた先には行けない。転移の魔法は、見える範囲か、見たことのある場所にしか行けないのだ。写真で見たところや、人の見たものを<読心>したものでも、成功率は下がるが<転移>できないことはない。だが、それも無理だ。
 助けが必要そうなのは、どちらかというと結花の方なのだが。上に戻れば、それだけ結花との合流は難しくなる。
 結局、メイは<方向感知>で結花の位置を確認しつつ、合流する方法を探すことにした。

「いったぁ〜〜〜」
 形のいいお尻をさすりながら、結花は立ち上がり、自分が落ちてきた上を見上げた。しっかりと閉ざされている。
「もう、どうなってるのよ。ここはどこ? それに……みんなは?」
 一人だと気づいた瞬間、彼女の顔は不安に彩られた。
「きゅぅん?」
 虎之介が慰めるように鼻面をすり寄せてくる。
「はぐれちゃったみたい、だね。どうしよう? 普通に街ではぐれたんなら、はぐれた場所でじっとしておくのが一番だけど……」
 はぐれた場所からどれほど落とされたかも判らないところまで、美星やメイが来れるとは思えない。落とし穴は閉じているのだし。
 結花は小さく溜息をついた。
 他人はあてにできない状況のようだ。
 だが、自分はまだついている、と言い聞かせる。
 虎之介がいてくれるのだから。

 バシッ!
「!」
 試しに差し入れてみたハンカチが火花に包まれ、燃えあがった。
 電磁幕のバリアは、通路一杯に広がっていて、鼠の子供だって通れる隙間はない。かといって強引に突っ切ろうとすれば、哀れな布きれの二の舞だ。
 これも、以前はなかったトラップだ。
(……そんなにも、アタシは望まれていないのか)
 そんな考えが頭をよぎる。
 こんな思いは、これで二度目だ。
 前もそう、リュージを殺すためにこのデスプラント内に潜入したときのこと……。

 メイの放った電光が金属でできた触手の動きを止める。
「……ちっ。邪魔くせぇ」
 悪態をつきながら、機能停止した機械の横をすり抜けようとする。
 背後にわずかな空気の流れを感じる。
「っ!」
 咄嗟に身をかわすと、触手が頭の脇を掠めていった。気づかなければ、後頭部に穴があいていただろう。
 だが、そのことに対してメイが安堵することはできなかった。
 掠ったアームが額飾りを破壊する。
「……っ!」
 自分から離れていこうとする額飾りを、メイは絶望に彩られた瞳で見つめていた。

 壁にいくつも穴が開き、そこからぶぅ……んという音が響く。
「な、なに?」
 いつでも防御の呪糸を使えるように身構えながら、結花は虎之介と背中を庇いあった。
 耳障りな音はさらに大きくなり、壁に反響してわんわんと響く。
 そして、金属片で構成された虫の群が現れた。

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Novel Editor