デスプラント内部に入ってから、どれだけ経っただろうか。 「……美星、あとどれくらいあるの?」 結花は荒い息を整えている。 彼女の呪糸は一度使うと、次を準備するのに時間がかかるから、ほとんど金属球テニスで敵を潰している。 「……ちょっと休むか?」 今は攻撃が止んでいる。 「…………」 美星は渋々頷いた。これでも、前回来たときよりはハイペースなのだ。 それに、<変異体>屈指の屈強な肉体を誇っていたこれまでの仲間と違い、結花もメイも体力が少ない。 メイにいたっては、魔法を使いっぱなしで少し顔色が悪い。 「……<悪魔>のボスの城に乗り込んだときより、厳しいぜ」 「そりゃあ、そうでしょ。メイって、並の<悪魔>より高品質だったんでしょ。<悪魔>相手にはそれほど苦戦しないはずよ」 結花はすっかりへたりこんでいる。 「そりゃ、まあな。オレは<神>として創られたからな」 「<神>……?」 聞き返すと、メイは目に見えて不機嫌になった。 「そぅさ。六柱の神のうち、精神の魔法を司る、<蒼月の女神>メイファンディールってのがオレ。 その六柱の神は、世界を滅ぼすために創られた破壊神だ」 「?!」 「古代魔法帝国にゃ、変な宗教観があってな。二千年ごとに世界は滅び、再生されるって神話だ。その世界を滅ぼすのが、六種の魔法を司る神々ってわけだ。 もちろん、自分たちが本当に滅びるなんざ、信じてる奴はほとんどいなかった。だが、狂信的な一派がいてな。帝国にとって悪いことに、奴らに虐げられてた蛮族には幸運なことに、その中に魔法生物学の権威がいたのさ。そいつが、<悪魔>をベースにオレたちを創った。二千年ごとに、そのとき栄えている文明を滅ぼすようにプログラムして、な」 ずいぶんと冷めた笑みを、メイは浮かべている。 「ま、オレは二千年の長きを生きるのに飽きたメイファンディールが、仮に造りだした疑似人格にすぎねぇけどな」 「……前から不思議だったんだけど。どうしてその女神が怪盗なんかになったわけ?」 結花の疑問は当然といえば当然のものだろう。 「オレは目覚めてすぐ、自分が何者か判らなかった。その頃、たまたま遺跡荒らしの盗賊団に拾われてな。盗みのテクニックを覚えた。こんな性格になっちまったのも、そのせいだろうな。んで、魔法を組み合わせりゃ、どんなところからでも派手派手しく盗みができる。 自分が何者か悟ってからは、滅びのプログラムを抹消するための手段を求めて、めぼしい魔法具を片っ端から、だな」 軽い口調で語っているが、本人は必死だったに違いない。誰が好きこのんで、大量虐殺をしたいものか。 「……大変だったんだな」 美星がそういうと、メイは皮肉な笑みを口元に浮かべた。 「大変なのはオレじゃねぇよ。オレに殺された連中さ。 ま、帝国民に虐げられ、奴隷として狩られる日々を過ごしてた蛮族の連中は、その六柱の神を救い主だと崇めてるがな。少なくともオレは、そんないいもんじゃねえ」 メイは小さく肩をすくめた。 「……あ?」 「どうしたの、美星?」 「今……思いだした。 メイが<蒼の影>なら、なぜ、<蒼の影>がテレビにでていたとき、芽衣がいた?」 美星が現実に来たその日、<蒼の影>と同時に芽衣がいた。 「ああ……。あれね」 メイはにやりと笑うと懐から小さな人形を取りだした。 「それは?」 「まあ、見てなって」 メイの手の中で、人形はするすると大きくなり、芽衣そっくりになった。 「驚きましたか? あのときの芽衣は、私なんです」 人形がにこりと笑う。 あの時芽衣に感じた違和感は、この人形に対してだったのか。 「ああ……驚いた。そっくりだな?」 「こいつは、<知的完璧幻覚>を魔化した人形なのさ。魔法が使えない以外、まったくオレそっくりに動ける。もちろん、今のオレに化けることもできるぜ。 ま、元の世界じゃ盗みのアリバイづくりのために使ってたから、こっちの姿の方がよく使ったけどな。ああ、その頃は金髪だったから、まるっきりこのままでもねぇけど」 メイが人形の背中をぽんと叩くと、芽衣の姿からするすると元の人形に戻ってしまった。 「……マホウというのは、不思議だな」 「空想の力だからな。下手すりゃ何でもありになっちまう。ま〜、オレほど何種類も使えりゃ、充分何でもありかもしれねぇが」 「たしかにね」 結花は肩をすくめた。メイは有能だが、その代償も大きなものだ。彼女の中の女神が目覚めたとき、この世界を滅ぼすと決めないという保障がどこにあるというのか。 そして<女神>メイファンディールを止めることは、彼女の属する事務所を総動員しても無理だろう。日本中、世界中から集めてもどうだろうか。かの女神は、己に仇なすすべての敵を眠らせることもできれば、金縛りにすることもできるのだ。そして、同士討ちさせることも。 魔法がまったく効かないという設定のキャラクターでもいれば、なんとかなるかもしれないが、あいにく結花はそんな人物の噂は聞いていない。 「さてと。そろそろ行こうぜ。大丈夫か、結花?」 「うん……平気。たぶん、明日は筋肉痛だけど」 結花が笑うのを見て、少女達は立ちあがった。 そして、しばらく歩き……。 床が消えた。
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