「………………」 メイシンは、呆然と周囲を見回した。 見たことのない光景。 どこも崩れていない町並み。 清潔そうな衣服を着た、健康そうな人々。 晴れた空。 それに、どこからか美味しそうな匂いも漂ってくる。 「なんだ、ここは?」 知らない世界に、一歩を踏みだす。 「くうっ!」 撃たれたばかりの腹の傷が痛む。 だが、痛みで混乱していた意識がはっきりとした。 彼女にとっての現実が、頭の中で駆けめぐる。 (……リュージは? シュージは無事なの? 皆はっ?) 周りを見回すが、知った顔はない。 今まで見たこともないくらい、たくさんの人が歩いているというのに、どうして見覚えのある顔のひとつもないのか。 (世界は……どうなった?) 彼女の前にはいかにも平和そうな景色が広がっている。 だが、これは彼女の知らないものだ。 世界は、彼女が生まれる前から荒廃していた。 (ここは……なに?) 傷の痛みを無視する方法くらいは心得ている。 メイシンは、何かを求めて歩き始めた。 道行く人が皆、彼女を振り返る。 無理もない。あちこち破れた服は、元の色が判らないくらいに汚れている。しかも、横腹からの出血はまだ続いているのだ。 小さな機械に向けて何か喋っている人間もいるが、メイシンの目には入っていない。 「…………!」 ようやく、見覚えのある顔を見つけた。 だが、あれは。 「リュージ!」 殺さなければならない男の顔。 そう認識した瞬間、メイシンはタイルで舗装された地面を蹴った。 人々の頭を越え、男がもたれていた手すりに乗る。 「なっ!?」 声をあげる以上の反応をする暇を与えず、メイシンは男の襟を掴んだ。 「殺す!」 「はっ?!」 彼の連れらしい男達も、どう対処していいのか判らないらしい。 「世界のために、オマエを殺す!」 メイシンは、腰に手を伸ばした。 「?」 大事な扇がない。 あれは、彼に貰った大事な………… 「…………」 仕方がないから、紐に繋がれた鉄の輪をとりだした。紐のもう一端には鉄球が取りつけてある。 輪は、握りの部分以外は研ぎすまされた刃だ。充分に人を殺す力がある。 男の顔を見た。 驚き、戸惑う、懐かしい顔。 けれど、彼を殺さなければ、原子炉が暴走し、残りわずかとなった人類は、完全に滅びるだろう。 少しでも迷えば殺せなくなる。 メイシンは輪を握る手に力を込めた。 が、逆に体中から力が抜ける。 「……ふぁ?」 乗っていた柵から、身体が崩れ落ちる。 そう思った瞬間、何かに襟を強く掴まれ、メイシンの意識は闇に沈んだ。
「………………?」 路地裏のようなところで、メイシンの意識ははっきりとする。 意識を失ったのはほんの一瞬のようだ。 「……誰だ?」 目の前にいるのは見知らぬ女が二人と、見たことのない生物。 「し〜っ。さすがに警察呼んでいる人がいるみたいですからね」 「虎之介があなたをここに運び込むトコを見た人はいないハズだけど。並の動体視力じゃ追いつけないからね。 ……でも、さすがに血が転々と落ちてるのが見つかると、ここから追いかけられるよねえ。 ちょっとだけ、待ってね? あたしたちが手助けしていいかどうか、確かめないといけないから」 慌ても騒ぎもせず、女二人は表の様子を窺ったり、メイシンを見たりしている。 彼女たちがなんなのか、さっぱり判らない。 「……なんなんだ、いったい?」 苛立ちまじりに、メイシンは声をあげる。 「……うん、間違いないよ。この子だ。さっき、あたしが感じた空間の歪み」 「ゆがみ……?」 問おうとした口は人差し指一本で封じられ、さらに反対の手で軽く目隠しをされる。 「?」 戸惑うメイシンの周囲で、何かが変わる。 すっと目隠しを払われ、彼女の目に見えたのは。 また、見知らぬ部屋だった。
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