「メイファンディールの名において……」 <蒼の影>は左手を目の前に掲げる。 「出よ、ウンディーネ!」 ブレスレットにはめられた水色の石から、女性らしきシルエットが現れ、デスプラントの周りを飛び回る。その軌跡から、水が滴り落ちていく。 「<白迅の電光>!」 <蒼の影>から白い稲妻が迸る。 水に濡れた機械が電撃をくらい動きを止める。 「……すごい」 美星の世界には、肉体的に優れた人間はたくさんいた。だが、誰一人として、こんな一瞬でこの悪魔の機械の動きを止められた者はいない。 「芽衣! 無事だったのね!」 「あったりめぇだろ。オレが、あれくらいでくたばるわけねぇっつ〜の」 嬉しそうに駆け寄る結花。それに答える<蒼の影>。 「………………え?」 まさに豆鉄砲喰らった鳩のような顔で、美星は芽衣を指さした。 「……あんだよ。人を指さすな」 「……芽衣?」 「そ〜だよ。ああ、この姿んときは、カタカナで『メイ』だな。あっちでも、そう名乗ってたしよ」 少々面倒くさそうに話す芽衣、あるいはメイを見ながら、美星はしばらく口をぱくぱくとさせていた。 「ええ〜〜〜〜〜〜???」 控えめで女性らしくて、丁寧な物腰と言葉遣いの芽衣と、無遠慮でどう見ても少年で、すべてが乱雑なメイとが、同一人物とはとても思えない。 「……信じられないだろうけど、本当なんだよ。あたしも、最初は驚いたもん」 微妙な笑顔を浮かべながら、結花が近づく。 一見、髪の長さも色も違えば、瞳の色も違う。 だが言われてみれば、顔の造りは同じだし、<蒼の影>が身につけているアクセサリーは芽衣がしていたものだ。大仰な額飾りも、マナクリスタルだというペンダントも。 「………………はぁ」 何がなんだか判らなくて、美星はもう、これしか言えなかった。 「悪かったよ。オレが<蒼の影>だっての、黙っててよ。 けどオレは怪盗だからな。正体は隠す必要がある。 しかもあっちじゃ、オレの姿は<悪魔>と呼ばれる旧文明の生体兵器そのもの。だから普段はイーファって名前で普通の魔術師のフリして、仕事するときだけ本来の姿で活動してたってわけさ」 「………………」 「本名はメイファンディール。その名も少々具合が悪いってんで、普通はメイとだけ名乗る。まったく、ややこしい設定を作ってくれたもんだよ」 未知の創造主に文句を言っても仕方のないことだが。 「別人のふりするために、態度も、使う魔法の威力も変えてたんでな。こっちでもその習慣は守ってる。イーファ……っていうか、漢字の芽衣のときは、なるべくトロく……っつても、オレの基準でだがな。んで、魔法も弱めに。 その代わり、こっちの姿になりゃあ、そうそう敵はいないぜぇ」 目の前にいるのは、どう見ても『男の子』なのだが……どちらが本当の性別なのだろうか。 だが、それを考えている時間はないようだ。 動きを止めていた機械の群が、再び活動を始めようとしている。 「……っと。話はあと! 先にこいつを片づけるぜ! てめーはこっちにすっこんでろ!」 呪文とは思えないはなはだ乱暴な物言いで、メイは本を空想の機械に向けて突きつけた。 ぎゅううううううう 物理法則などまったく無視して、超巨大な機械群が本の中に吸い込まれる。 ばたんと派手な音を立てて、本が閉じると静寂が訪れた。 「……すごい」 「これが封印。空想の産物にしか効果がねえっつー、応用の利かねー代物だがな。妄想には効果絶大……」 言葉を区切り、芽衣と美星は同じ方向を見る。 見知った顔が二人、駆けつけてきたのだ。 「今の見たか!?」 「……つーか、なんで君らこんなとこにおんの……っていうか。 <蒼の影>やん?! 君ら、知り合い?」 八木壮平と斉藤剛が、メイを指さし驚いている。こんなところで話題の怪盗にお目にかかれるなどと、予想している方がどうかしている。 「……さっきの化け物を見に来て、居合わせただけだよ」 「芽衣ちゃんはおらへんな?」 まさか、目の前の怪盗が当人だとは想像もつかないだろうし。 「……えっと、家にいるよ。ここにあたしたちが来たのは……たまたま?」 とっさに言い訳が思いつかず、微妙な角度に首を傾けたまま、結花は仲間達を見た。 「……タカシは? タカシはどこにいる?」 結花の視線を気にも留めず、美星は剛と壮平の顔を見回す。 頭がクラクラするほどの、嫌な予感がする。 大切な人を奪ったあの悪魔を見たからこその不安かもしれない。けれどその彼に瓜二つの隆が、この場にいないのはただの偶然と言えるだろうか。 剛と壮平は、問われて顔を見合わせる。 「……それがなぁ」 「あいつ……あの中に飲み込まれて……。『あれ』も消えちまったし……」 美星たち三人の視線が、メイの持つ本に集中する。 つまり、一緒にこの中にいる、ということだ。 メイが盛大に溜息をつく。 「しっかたねぇ。助けに行くか」 「は?」 「この中、入れるか?」 戸惑う男二人を無視して、美星は本を指し示す。 「入れるぜ。オレがいればな」 重そうな本を指先でくるくると回し、メイは余裕の笑みを浮かべていた。
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