「……あれ、わざとやってるわね」 呆れた口調で結花が呟く。 <蒼の影>は、顔の覆面が外れた後、顔を隠しもせずに、隠しカメラの方を見、にやりと笑ったのだ。明らかに、そこにカメラがあることを知ったうえでの動作だ。 「綺麗な男の子だったな」 「……まあ、素顔を見せたくなるのも判るかな」 大安売りされている男性アイドルなんて目じゃないくらい、<蒼の影>は整った顔をしている。これで澄ました顔をしていれば、完成しすぎてとっつきにくい印象になるが、いたずらっ子のような表情は充分すぎるくらい愛嬌があって魅力的だ。 テレビでは、再びやんちゃそうな<蒼の影>の素顔を映している。 この顔を知っている人は連絡をください、などと捜査に協力する姿勢を見せてはいるが、どこまで本気で協力するつもりなのか。 テレビの向こうの電話はひっきりなしに鳴っているようだが、有益な情報などないだろう。自分は名探偵だと勘違いする人間は、案外多い。 「ただいまぁ〜」 玄関で芽衣の声がする。 「ごめんなさいね、遅くなって。晩ご飯、待っててくれたんでしょう? これ、遅くなったお詫びに」 「あ、パルシェのケーキ? このあいだ雑誌に載ってたよね。わぁい」 小さな箱を受け取って、結花は跳ねて喜んでいる。 「ふふ。ご飯食べてからですよ」 にこやかに笑って、芽衣はその様子を見ていた。
食後、結花が紅茶をいれている間に、芽衣は隣の部屋へと消えた。 「芽衣、お茶はいったよ」 「ええ、今行きます」 数秒後、リビングに戻ってきた芽衣は、一冊の本を手にしていた。 「それは……?」 背を紐で綴じている、古い装丁の本だ。だが、不思議とさほど古くさくない。紙もほとんど変色していないし、虫食いもない。 「今、私達が追っている件の、もともと封印してあった本です。今日はこれを取りに行っていたんですよ。 どうやら、問題のものは一部だけ抜けだしたようで、この本にはまだ中身が残っていました」 芽衣がそっと本を開く。 からくり人形が一体描かれている。絵とは思えないほどに精巧だが。 「何かの恨みから、死んでも死にきれずに人形に宿った怨念、らしいですね。この封印を為した僧侶の日記に書いてありました。……彼も、これが誰かの想像の産物だとは思っていなかったようですが」 「そりゃあそうだよね。どこかの怪奇小説作家が犯人だなんて」 結花がケラケラと笑う。 「……それを見つけたら、この中にもう一度戻すのか?」 「ええ、たぶんそうなります。その方が楽ですから。抜けだしたのは恨みの思念だけで、それが宿っていた人形は、まだこの中に残っていますし。 もちろん、封印のための本を、別に新しいものも用意していますけどね。この本で失敗したときに備えて」 「この本は封印が甘かったから中身がでて来ちゃったわけだから、芽衣がやっても百パーセント成功するとは限らないもん」 ケーキとお茶を配り、結花も座る。 「いっただきまぁ〜……?」 結花がはっと顔を上げる。 「どうしました?」 「……異界の扉が開いてる。何かが、現実に現れようとしてるよ。 それも……でかい! うっそぉ、こんなときにぃ?!」 目の前のケーキが誘惑している。 「仕方ありません。騒ぎになったら大変です」 「も〜恨んでやるぅ!」 どん、とフォークを持った手をテーブルに叩きつける。 「どちらですか?」 「……大学の方だよ。なんか、美星が来たときと似てる感じがするけど……。なんて、冷たい感覚なの?」 それを聞き、美星はベランダに出た。 「……あれは」 「何、あれ?!」 後に立った結花が叫ぶ。 無理もない。 禍々しく歪んだ機械の巨大な塊。機械でありながら意志を感じさせ、見るものの恐怖と憎悪をかき立てるような姿。 「……あれは、世界を滅ぼす」 「え?」 「あれを、壊す!」 芽衣にもらったブレスレットを投げ捨て、驚く結花を振り切り、美星はベランダから飛びだした。 「ええ〜っ?!」 向かいのビルの屋上に飛び乗ると、そのままひゅんひゅんと屋上づたいに大学へと向かっていった。とんでもない運動能力だ。 「私達も行きましょう!」 自分に<高速飛行>の魔法をかけた芽衣が宙を飛ぶ。 人目を気にするつもりはまったくないらしい。 「ええい、もう! 虎之介、行くよ!」 太股に文字のような文様が浮かび、そこから虎之介が現れる。 結花が背に跨ると、虎之介は美星と同じように屋上伝いに跳ねていった。
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