美星が隆と気まずい別れをして数日、美星は結花や芽衣がどう誘おうと、それには乗らず、ひっそりとマンションで時が過ぎるのを待った。 「さぁてと」 夜、夕食の支度をすませた結花が、テレビをつける。 芽衣がまだ帰ってきていないから、戻るのを待って夕食にするつもりだろう。 テレビ画面に、いつか見たような建物と、取り囲む群衆が見える。 「…………?」 「あれ、覚えてないの? 今日は、<蒼の影>が予告した日だよ。 ほら、花火が始まった」 見ると、たしかに派手に花火が打ち上がっている。 これは、<蒼の影>が自分の来訪を知らしめるためのものだろうか。
「最後だから、はりきっていかねぇとな」 乱暴な口調だが、どこか楽しそうな声で呟いた。 今の<蒼の影>は制服警官の姿をしている。その<蒼の影>の足下で、煙がもくもくと立ち上り始めた。
「火事だぁ!」 一人の警官が叫びながら展示室を駆け抜ける。 実際、火災探知機が警報を鳴らし始めた。 「大変です、第三展示室で火災が!」 警備に当たっていた警官達もざわめく。消火を手伝おうと走り出しかけた者もいる。 だが、警部の一喝で皆動きを止めた。 「これは奴の陽動だ! 消火なら、他の連中がやる! おまえたちは持ち場を離れるな!」 目に見えて、警官達が落ち着いていく。 「……ところで」 駆け込んできた警官に、俵田警部は近づいていく。 「タイミングがよすぎるな? おまけに、どうしてここに来た?」 「……さすがに、これに引っかかるほど、間抜けじゃねぇか」 「何っ?!」 愚弄され、警部の顔が赤く染まる。 「ま、それじゃあ張り合いがねぇってもんだよなぁ!」 警官から布が膨れ上がる。 「貴様! やはり、<蒼の影>!」 警官の変装の中におさまっていたとは思えないほど、ごてごてと布を巻きつけ、覆面で顔を隠した怪盗は、少し下がって間合いを開ける。 「気づいたことに敬意を表して、おまえにはチャンスをやるよ!」 叫ぶと同時に床に何かを投げつける。やはりピンクの煙幕が広がった。 それが晴れたとき、その場に立っていたのは俵田警部と<蒼の影>のみ。 「一対一で勝負させてやるよ。ま、応援呼ぶのは自由だけどな。 オレがあの絵を盗って、この部屋を出るまでに、捕まえてみろよ。おまえには無理だろうがな」
「何、やってるのよ〜」 テレビの前で結花は呻いていた。 今回は、美術館側の協力で、展示室に小型のカメラとマイクを仕掛けることができたらしく、刑事と怪盗のやりとりは一部始終生中継されていた。 「泥棒が捕まるの、いいこと。違うか?」 「え? あ、いや〜そうだけど。<蒼の影>ってなんか漫画の主人公みたいで、応援したくなるのよ。そんなファンが多いから、野次馬もいるしテレビ中継もされるし」 「……そういうものか」 たしかに、『<蒼の影>頑張れ』と、美術館周辺に集まった人々は言っていた。 「捕まっちゃったら、ヒーローじゃいられなくなるもん。<蒼の影>の正体がばれると、あの人はもうつまらない人間になっちゃうんだよ。ただの泥棒に。 誰も正体を知らない。だからこそ、かっこいいんだから」
「はははっ。それじゃあ、このオレを捕らえることはできねぇなぁ!」 警部の手をひょいひょいとかわし、<蒼の影>は少しずつ目的の絵に近づいていく。<蒼の影>の身のこなしならばもっとすんなり警部の手をかわし、絵に接近することもできそうなのに、あえて焦らして楽しんでいる。そんな感じだ。 「てっめ〜!!」 頭から湯気でもでそうな感じで、警部は叫んだ。おちょくられているのが判るらしい。 「ま、あんたがオレを捕まえられるなんて、最初から誰も期待してねえよ。 諦めな」 「貴様ぁ!」 警部が勢いよく<蒼の影>に飛びかかる。 <蒼の影>はやはり身軽に避けようとして……。 「あれ?」 眠り、転がっている制服警官に躓いた。ぐらりとバランスを崩す。 「もらったぁ!」 <蒼の影>を覆う布の一枚を掴む。 それは、するりと抜けた。 「どわっ!」 勢い余って、警部はずでん、と派手に転ぶ。 一方の<蒼の影>は何事もなかったように体勢を立て直しているが、顔の覆面がはずれ、素顔が見えている。 かなりの美少年だ。 白い肌に青い瞳を持つのは、白人種だろうか。頭部を覆う布からわずかにはみだしている髪が水色なのは、染めているのかもしれない。 「今回はちぃっと遊びすぎたな。じゃあな! おっさん!」 <蒼の影>は絵を盗り、今まで以上の身軽さで部屋を抜け、いずこかへと姿を消した。
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