さらに次の日。 美星達は隆の通う大学の構内にいた。 朝から医学部や理学部を廻り、特に異常を見つけることもできず、今は工学部にいる。 「……ここも、おかしなことはなさそうだねえ」 工学部に女性は少ない。それも、見た目は高校生くらいの美少女が三人というのは、かなり目立つ。休み時間なのか、廊下に屯している男子学生から様々な視線が寄せられているが、三人は気にするようすはない。 「空振りかなぁ。 ねえ、もうどっか他にいっちゃったってコト、ないかなぁ?」 「……その可能性もありますが……、特に他の場所で奇怪な現象が起きているわけではありませんし……。もうしばらく、ここの様子を見てみましょう」 結花と芽衣はコソコソと何か話している。 もちろん、誰かに聞かれたくない内容の会話だからだ。 それを聞き流しながら、美星は近くの部屋の中を覗いてみた。 「!」 美星にしてみれば得体の知れない機械や、モニターがいくつか置いてある。彼女の経験からすれば、ああいうものの側にはだいたい、ガーディアン・アームというものがあって、近づく人間を攻撃するのだ。 安全なのは、リュージたち仲間の持つ機械だけ。 薄い扉一枚隔てたところにあるものが、安全なのかどうか判らず、美星はしばらくじっとそれを見つめ、ピリピリと張りつめた顔で警戒していた。 だが、いつまで経っても攻撃される様子はない。安全なもののようだ。 ほぅ、と息をついて周りを見回す。と、芽衣も結花も姿がどこにもなかった。 「あれ?」 彼女たちが向かったと思われる方向へ走ってみたが、見知った人影はない。 はぐれたようだ。 「………………」 ここから、マンションへ一人で帰れる自信もない。 さらにそのあたりをウロウロしてみたが、やはり二人の姿はない。 「…………どうしよう」 完全に迷ったらしい。おまけに、周囲には機械の気配がたくさんある。 普通の人が何気なく使っているものだから、危険ではないのかもしれない。だが、幼い頃から機械と敵対していた美星としては、猛獣の群に放り込まれるような感覚だ。 途方に暮れていると、いきなり肩を叩かれた。 「よっ」 「っ!」 反射的に背後に肘を繰りだす。 そのまま相手の鳩尾にヒットする寸前で止められたのは、奇跡かもしれない。 「……リュージ! ………………あ、いや。えっと……タカシ、だったか?」 「ああ……」 いきなり肘打ち未遂のうえに、違う名前で呼ばれるという予想外のことに、隆は面食らっているようだ。だが、気を取り直して美星の顔を見る。 「……ところで、なんでこんなところに? どう見たってまだ高校生だろ?」 高校生が見学に来ることはあるが、今日は平日で、しかも真っ昼間だ。当然高校も授業中のはず。 「ちょっと……はぐれた」 美星には高校がどうこうということは判らないので、ちょっと会話はかみ合っていない。 「……ま、いいか。はぐれたっていうのは、あの二人とか?」 「……」 黙って頷く美星を見下ろして、隆は何かを考える。 「そうだな、ちょうど実験に行き詰まってたんだ。お茶でもつきあえよ」 「……は?」 いきなり腕を捕まれ、ずんずん歩きだされ、美星は少々戸惑ったが、素直についていくことにした。ひょっとしたら、芽衣たちと合流する方法も教えてくれるかもしれない。
「ほい」 缶を渡され、美星はどうしていいか判らず、隆を見る。 「どうした? 飲めよ」 慣れた手つきで缶を開ける隆を真似て、不器用に缶を開ける。 一口飲むと、上品な香りとほのかな甘みが口の中に広がった。 「……おいしい」 「…………おまえって、変わってるよな。缶の開け方も知らなかったのか?」 「え?」 隆が美星をじっと見ている。 何か行動の不自然さを怪しまれたときは、外国で暮らしていたと言えばいい。結花にそう言われたのを思いだす。 「えっと……ガイコク、で住んでた」 「へえ、どこの?」 「…………それは………………」 その質問にどう答えればいいかまでは、教えてもらっていない。 「……どっかヤバい国? まあ、事情があるんだな。 もしかして、俺に似てるって奴も、そこの人間か?」 「ああ……」 「そんなに似てる?」 「似てる……顔は。話し方、仕草、そういうのは……似てない。リュージはもっと……いや、なんでもない」 「へぇ……」 そういえばさっきも『リュージ』という男に間違えられかけた。 美星がその名を呼んだ瞬間の、あの笑顔はなんだったのだろうと、隆は思う。 少なくとも、殺したいほど憎い相手や、殺す必要があるほどの極悪人に向けるものではない。 「で、そのリュージは君に殺されなければならないわけか?」 「……彼は、たぶん、もう……。 …………オマエも、アタシにあまり近づかないほうがいい。そのうち、アタシが……殺さなければならなくなる」 美星は急に立ち上がり、走り去っていった。 隆には、その彼女の顔が泣きだす寸前だったように見えた。
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