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Fantasy@Earth 作者:黒木美夜

第12回   都会の夜の公園
 その夜は、結花の作った夕食を食べ、思い思いに時間を過ごすことになった。
 結花は夕食の後かたづけをした後、どこかにふらりと出かけている。
 芽衣はテレビを見ている。
 美星はどうしようか悩んだ末に、自分も出かけることにした。
 適当にふらふら歩くと、木がたくさん植わっている所を見つけた。木といくつかの遊具がある。公園だ。
 彼女は巨大な木に作られた集落で生まれ育った。だから、木には親しみを覚える。
 ふらりと入ると、虫の鳴く声が聞こえた。故郷の虫と違い、人を襲えるほど大きくないことは、その鳴き声からでもわかる。
 心地よい風が髪を撫でていく。
 この世界には気持ちのよいことが多い。それがかえって、自分の世界の惨めさを思い知らされるようで辛い気もするけれど。
「……?」
 聞き覚えのある声がする。女の声だから、きっと結花の声だ。
 声のする方へ向かうと、やはり結花の姿があった。ただ、耳に手を添えて,一人でしゃべっている。
 携帯電話など知らない美星であった。
「……そっちもまだ終わりそうにないの? ………………そりゃあそうだよ。
 …………彼女は確かに強いけど……信用できる人だけど。でも、彼女はものすごい爆弾を抱えてるんだよ、知ってるでしょ?」
 誰かに何かを訴えるような声だ。甘えも少し混じっているか。
「……そうだけど。でも一番危険な人だってことは変わらないよ。
 え? …………ああ、そっちはまだよくは判らない。芽衣が<弱体化>を魔化した腕輪を作ってね。少なくとも、それをしてれば普通の人とそんなに変わらないよ。まだ、ここのコトよく判ってないから、それくらいかな、困るのは」
 なんとなく邪魔をしてはいけない気がして、美星は離れたところで見守っていた。
 腕輪がどうこうというのは、自分のことのような気がするし。
「……章良より、真臣さんがいてくれた方がず〜っといいけどね。…………あ、ごめん。……あたしたち、あのまま物語の世界にいたままだったら……真臣さんを見つけること、できたかな?」
 結花の声が心細そうなものになる。
「…………うん。うん、そうだね。
 うん。そっちもね、気をつけてね。怪我なんてしないようにしてよ。
 ……じゃあ、おやすみ……」
 耳から手を離す。美星の目にも、その手に何か小さな機械が握られているのが見えた。
「……あ? あ、美星! いつから、そこにいたのっ?」
 電話を聞かれていたのがよほど恥ずかしかったのか、結花はかなり狼狽えていた。
「今、来たところだ。結花の声が聞こえたから……」
「ああ……。電話してたの。あたしと同じ世界から来た、あたしの本来の相棒。守門章良っていうんだ。今回は、現実世界に詳しい人間の手が足りないから、別行動になっちゃってるけどね。一応、お互いの無事は確認しておきたいと思って」
 手の中の携帯電話をくるくると転がし、結花は恥ずかしそうに笑った。
「あ! 章良は、ただの幼なじみだからね。あたしが好きだったのは、真臣さんだったんだから。
 ……真臣さんっていうのは、章良の従兄でね。彼の相方の文女さんと一緒に、あたしたちに戦う方法を教えてくれたんだ。格好良かったんだよ〜。強かったしね〜。それに、優しくて、頼もしくて…………。
 だけど行方不明になっちゃって。文女さんは何も教えてくれないし……」
 最初はムキになって、次に懐かしむような顔になり、最後は心細げに俯いてしまう。
「……大切な人がいなくなる、気持ち解る。
 残された者は、どうにかして心に決着をつけなければいけない……。
 …………難しいことを、課してくれる」
「本当……そうだね……。
 美星は……できた? 心に決着をつけること……」
 美星にとって、どう大切な、誰がいなくなったのかは判らないが、結花はそう訊ねてみた。
「……つけた……と思っていたが、できていないのかもしれないな。覚悟を決めたと思っていても、いざとなると……ダメだった」
「……?」
 いなくなった人物に対して、何かの覚悟が必要だったのか。その意味が判らず、結花は首を傾げて美星を見上げた。
 詳しく訊ねたい気もするが、それをしないのは仲間の間でのマナーだ。本人が話したいと思えば、促さずとも話す。
 物語から来た人間達は、皆何かしらの事情がある。もちろん、裏も表も、複雑な事情も、他人に聞かれたくない話もないキャラクターもいるが。
 しっかりと作りこまれたキャラクターほど、複雑な事情も多い。
 美星を見ていると、かなり考えられたキャラクターだと思う。いろいろと、計り知れない感情を抱えていそうだと思うのだ。
 もちろん、設定の浅いキャラクターが現実にでてくることなど、本当に稀なことなのだが。
「難しいものだね……。
 あたしさ、真臣さんが消えた後……。文女さんにね、『手の届かないものを欲しがるのはやめなさい』って言われたの。いなくなった人は、どうしたって帰ってこないって。
 文女さんは、心に決着をつけることができていたのかな。あの人は、真臣さんともう十年以上もコンビを組んでた仲だったのに」
「……それは、マサオミさんという人が、どうして消えたかを知ってるかどうか、という違いもある、と思う……。
 ……違うか?」
「…………そうかもしれない。
 でも、そうじゃないかもしれない。
 あたしは、いつも手に入らないものを望む人間だから。
 ……あたしの先祖がいた異世界っていうのがね、<狭間>からぼんやりとだけど見えるの。それが、ものすごく綺麗でね。あたしはあそこに行きたいって、ずっと思ってた。行けやしないのに。
 だから、いなくなった人のことを、いつまでも忘れることができないのかもしれない……」
 結花は、都会のくすんだ夜空を見上げた。

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Novel Editor