連れて行かれたのは普通の定食屋だった。値段は安く、その割に味はなかなかいいが。 しばらく他愛ない話で盛りあがる。もっとも、一般常識に疎すぎる美星にはまったくついていけなかったが。 「ところで、芽衣ちゃんて、ずっと帽子被っとぅけど?」 剛が訊ねる。 確かに、屋内で、しかも食事中にも帽子を取らないというのは、少々妙だ。額も耳も隠れるほどの大きな帽子。 「ふふふ。外に出るときは、必ず被ってるんですよ。 理由は、秘密です」 「なんだよ、それー」 わいわいと騒いでいる皆をよそに、美星は一人黙々と食事をしている。 箸は普通に使えるが、ものが食べなれないものだから、食べづらいのだ。ちなみに、箸の使い方がどこかおかしいのは芽衣である。 「……俺たちと話すのは、つまらないかな?」 正面に座っていた隆が、そう訊いてくる。 「え? あ、いや……。 ただ、どうしていいか、よく判らないんだ。話は……面白い」 「そっか? なら、いいけど」 案ずるようにこちらを見る隆を、美星はしばらく見つめた。 (……こうして見ると……案外、似てないな) 話し方や表情、ちょっとした仕草などが、リュージとは違う。 違うところを見つけてほっとしてる自分を、美星は自覚していた。 「……なに? 俺の顔に、なんかついてる?」 「え? え? べ、別に、その……」 あまりじっと見つめすぎていたらしい。 なんだか恥ずかしくて、ぎゅっと俯いた。 少しだけ、自分の心臓がうるさい。 「……俺らの大学で、変なこと?」 隣から聞こえてきた会話に、逃げ場を求めて耳を傾ける。 「そ、なんかない? 噂とかでもいいんだけど」 訊ねているのは結花だ。その隣で、芽衣も興味深そうに訊いている。二人とも、目が真剣だ。 「昔からありがちな七不思議とか?」 「そういう話ではなく、最近のことを伺いたいんです。この……二ヶ月くらい?」 ずいぶんと具体的な期間を指定している。 「俺らの周りじゃ、機器の誤作動が続いてるか? パソコンがイカレたこともあったよな? 調べても、おかしなところなんて、なかった」 「理学部の連中も、そんなこと言うとったなぁ」 「それ以外で聞いた話は……そうだ、怪談っぽいのもあるぜ。医学部の人体模型が動きだしたってな」 「それ、うさんくせ〜よ」 話を聞きながら、芽衣と結花は顔を見合わせて……少し、落胆の色を瞳に浮かべた。
「ダイガクで、変なことがあるの、関係あるか?」 三人の大学生と別れた後、マンションへと帰りながら、美星は芽衣と結花に訊ねた。 「……私達が今追っている『物語の産物』というのは、明治という時代に一度封印されたものなんです。 ちなみに封印というのは特別な本に、閉じこめることなんです。これは誰でも使えることではなく……」 「芽衣はできるんだよ。でも、あたしはできない。 基本的に、魔法が使える人っていうのは、できるよね? あたしも魔法に似た力が使えてたけど、<狭間>の空間限定だったから、通常空間で使う封印の法は使えないのかも」 芽衣と結花の話を、美星は真剣に聞いた。そうしないと、理解できない。 「……もちろん、私のように魔法が使える『物語の産物』が生じるようになったのは最近のことです。ですが、昔から『物語』から溢れてくるものはありました。そして、昔は妖怪や悪魔など、手強く、人間に害のある存在が多かったそうです」 「で、どうしてたかっていうと、元々封印っていうのは元から現実にいた人間が考えたものらしいの。昔の聖職者や霊能者なんかには、そういう力を持った人が稀にいたらしくて。 でもね、人間が施した封印っていうのはちょっと弱いらしいのよ。ときどき、封印を破って現れる怪物もいるの。そういうのをまた封印しなおすのも、あたしたちの仕事」 「……へぇ」 なんとなく判ったような気がしたので、美星は曖昧に頷いた。 「話を戻しますね。今追っている化け物は、どうやら彼らの通っている大学に逃げ込んだようなのですが……、大学のキャンパスというのは案外広いらしくて」 場所を特定しようと三人に話を聞いたものの、成果が上がらなくて落胆していたのだ。 「……アタシを見つけたように、結花が探すこと、無理なのか?」 「ん〜、この世界にでてくる瞬間しか、空間って歪まないのよ。残念ながら」 「そうか……。芽衣の魔法でも、ダメか?」 「……私のいた世界で、使い古された言葉がありますよ。『魔法は万能ではない』」 結花も芽衣も苦笑を浮かべている。 不思議な能力をもっていると、よく誤解されるのだ。 「……特に、結花も私も、この世界に来て能力が制限されていますからね」 「え?」 「あたしは、言ったように、いろんな力を使える空間がないから。 虎之介と武器の収納くらい?」 「魔法の源はマナなんです。ですが、この世界にマナはありません。おそらく、私の世界を考えた人は、私の物語の世界には、現実の世界にはない『マナという不思議なエネルギーがあるから魔法が使える』のだと設定したのでしょう。 ……私は少々特殊な生まれなので、マナがないと生命の維持すらできないんです」 「え? でも……」 ちゃんと生きているし、魔法も使えている。 「元いた世界で一度、マナが死滅した遺跡に落とされたことがあるんです。身につけていた魔法具に込められたマナと、リック……私が仕えていたエルドリック王子が一緒だったおかげで、死は免れましたけど。 その後で、高次元からマナを汲みだす、このペンダントのマナクリスタルを、万が一に備えて身につけるようにしたんです。おかげで、この世界でも死なずにすんでいますし、威力は落ちますが魔法も使えます。」 まさに怪我の功名ですね、と芽衣は付け加えた。
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