朝、昨夜の結花の予告通り、三人は買い物にでた。 ただし、一番最初に行ったのは、服の店ではなく、アクセサリーショップである。 芽衣はシンプルなデザインのブレスレットを二つ買うと、さっさと部屋に戻ってしまった。 その後、結花と美星は下着から上着まで揃えたころに芽衣が合流した。 「これをつけておいてくださいね」 芽衣は美星の両手首に先ほど買ったブレスレットをつける。ただし、なにやら文字のような物が刻まれているが。 「?」 「これで、昨日のような怪力は出せないはずですよ」 「……えいっ。たあっ!」 手近の電信柱を殴りつける。 一回目は軽く。二回目は本気で。 「……ほんとだ」 いつもなら、この程度のコンクリートの柱くらい、粉砕できるのだ。 「外せば、元通りの力が出せますから。 私達は、現実の人間達に危害を加える『物語の欠片』を退治することを仕事にしています。戦う機会は少なくないと思うので、いざというときには外してください」 「ああ……」 「あたしたちのご飯も、服も、住んでるところも、事務所からお金が出てるの。戦うには不向きな人達がお金を稼いでね。まあ、芽衣も、やろうと思えば万馬券当て放題だけど」 移動速度を上げる<疾駆>という魔法を使えば、最低人気馬でも一着にできる。さすがに、たまにしかやらないが。 「怪しいと思われる場所に、数人のチームで出向きます。今回は、ちょっと事件が重なっているので二人という少人数で動いていましたが」 「で、芽衣みたいにこの世界の常識に疎い人間には、あたしみたいに現実と似た物語から来たのが一緒につくの。芽衣はとんちんかんな言動はしないけど、まだこの世界の文字が読み書きできないし」 「今は事件を抱えていますけど、これが終わったら、事務所に案内しますね。詳しい話はそのときに聞いてください。私達の組織にはいるかどうかは、その時点で決めてくださればいいので。 そうだ、結花には感謝しておいてくださいね? 彼女の能力で、あなたが現実に出現したことを感知できたのですから」 「……そうなのか?」 首を軽く傾けて、美星は結花に訊いた。 「そうだよ。あたし、空間の歪みを感知できるから。もといた世界じゃ、自分で歪めるコトもできたんだけど、さすがにここじゃ無理みたいで。おかげで能力もかなり制限されちゃったけど」 ちょっと寂しげに、結花は笑う。今までできていたことができないというのは、辛いことだ。 「……そうか。ありがとう」 彼女たちが間に合っていなければ、いきなり殺人犯になるところだった。彼女が殺すべき相手に、ただ瓜二つだというだけの男を殺さずにすんだのは、彼女のおかげだ。 「おや、今日も遭うとは思わなかったな」 「え?」 背後からの声に振り返る。 「オマエは……!」 ちょうど今、考えていた相手が目の前にいて、さすがに驚く。 「今日は、世界のために俺を殺さなくていいのか?」 ちょっとからかうような声音に、美星の顔が羞恥で赤く染まる。 「……あれは、人違いだ。………………すまない」 彼女にしては小さな声で、ぼそりと謝った。 「いや、君みたいな可愛い子になら、ああいうアタックも歓迎だけどね」 「?」 男の言葉の意味が判らず、美星の眉根に皺が寄る。 「おいおい、冗談だよ。そんな怖い顔するなって。 ああ、俺は神崎隆ってんだけど、可愛いお嬢さん達は?」 「メ……。いや、美星だ……。有賀、美星」 まだ、新しい名を名乗るのは違和感があるらしい。 「へえ、美星ちゃんか。名前も可愛いな!」 へら、と隆が笑う。美星はそれをじっと見つめた。 「私は、月城芽衣といいます。よろしくお願いしますね」 「あたしは〜、井原結花」 「君たち、お昼ご飯はまだ? 俺たち、今から食いに行くんやけど、よかったら一緒に食べへん? あ、俺は斉藤剛。隆とは同じ学部でな」 「で、俺が八木壮平。ちょうど三人ずつだし、どうかな?」 隆の横の男たちがいきなり声をかけてきて、三人娘は驚く。 「……つれがいたのか」 「………………つれないなぁ」 「俺ら、存在感薄いかな」 隆の友人二人は、顔を見合わせて軽く溜息をついた。 「え……と。どうするんだ?」 美星は芽衣と結花に助けを求める。こういうノリも、彼女には無縁なものだった。 「……いいんじゃない? 別に、問題ないよね?」 「そうですね。 ……ところで、あなたたちはそこの大学の学生ですか?」 芽衣は50メートルほど先にある校門を指さした。そこは、超一流の大学のキャンパスである。 「ああ。あそこの工学部だ。……なんだ?」 顔を見合わせた芽衣と結花の姿に、隆は訝しげな顔を見せる。 「いいえ、なんでも」 「……人は見かけによらないな、なんてね」 頭が良さそうには見えない、と言いたいのだろうか、結花は。 「じゃあ、この辺のお店には詳しいんでしょ? どっか、美味しいトコ教えてよ」 失礼な発言を水に押し流す勢いで、結花は男達に訊ねた。
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