仲間が地に倒れ伏している。 目の前には見るからに醜悪な怪物。 奴もかなり傷ついているが、ピンピンしている。 アイテムは底をつき、回復魔法を使える仲間は、炎のブレス攻撃で真っ先に倒された。 俺のHPも赤く点滅してる状態だ。 もう一撃を食らえば間違いなく死ねるだろう。 そして…………
鋭い爪が、俺の胸を抉った。
どこからともなく響いてきたもの悲しい音楽と共に、俺の視界がブラックアウトする。
『ちぇ、またかよ』 完全に意識がなくなる寸前、悪態をつく子どもの声を聞いた気がした。
いつもより多めにアイテムを買って、俺たちは店を出た。 「で、今日は西の樹海を抜けるんでしょ?」 「ああ、王都に行くには危険だが一番の近道だ。 …………」 「どうしたの?」 仲間が、不思議そうに俺を見ている。 「……いや、なんでもない。なんでもないんだ……たぶん」 あの森は、危険な気がする。 噂で聞いている以上に、よくない何かがいるような。 そんなはずはない。あの森の危険は、迷えば二度と出られない複雑さにある。方向感覚を狂わせる似たような光景が続き、コンパスも使えない。 だが、昔に拓かれた道が一本だけ続いているのだ。そこを外れなければ問題ない。 なのに何故、俺はこんなに不安なんだ? どうして、こんなに多くのアイテムを買った? ……ばかばかしい。樹海は広い。アイテムを多めに用意するのは当然の備えじゃないか。 不安になるのは、森で迷って命を落とした死者が迷って出て来るという与太話を聞いたからだ。そんな幼稚な話を信じてでもいるのか、俺は? 「……行こう」 俺は仲間を促し、街を出た。
樹海の入口まではなんの問題もない。 薄暗い森は、噂を実証するかのように不気味である。 どこかでこんな森を見たような気がするけれど、どこだったろう? 故郷の森はもっと明るい森だったし、森林都市エレトスの森は植樹によるもっと整然とした森だった。 こんな鬱蒼とした森を、俺はどこで見たんだろう? 「なに、怖じ気づいたの? 幽霊が怖いとか?」 「そ、そんなんじゃない!」 からかう仲間の言葉を必死に否定し、俺は森に足を踏みいれた。 そう、見覚えがあろうとなかろうと、俺たちはこの森を抜けなければならないんだ。 入ってしまえば、なんのことはない。少々薄暗いだけの森だ。 しばらく行くと、道が二股に分かれていた。 「どっちに行けばいい?」 訊ねられ、俺は右を指さした。 「この先に、鎧の入った宝箱があるから、それを取ってから左に行こう」 「おっけ〜。こっちからね」 皆がぞろぞろと右に歩きだす、その後ろ姿を見ながら、頭を抱えていた。 俺は何をでまかせを口走っているのだろう。この先に何があるかなんて、俺は知らない。知らないはずだ。 適当なことを言って仲間を期待させ、落胆させることになる。 見れば、仲間はかなり先まで行っている。 「…………」 とはいえ、今更先ほどの発言を撤回しても仕方ないだろう。 俺は急いで仲間の後を追い……、そして、自分が言ったとおりのものを見つけた。
俺達はさらに森を進み、もう少しで森を抜けられる、というところまで来た。 「ちょっと待て」 俺は皆を呼び止め、買っておいた炎の攻撃から身を守る護符を渡した。 この先には奴がいる。 俺達を待っている。 巨大で醜悪な、炎のブレスを吐く怪物が。 準備を整え、俺たちは怪物の待ちかまえる場所へ向かった。
怪物が炎を吐く。 身につけた護符のおかげでさほど熱くない。 今度は、勝てるかもしれない。 (……今度は?) 疑問に思いながらも、俺は鞭のような尾の攻撃を避けた。 ここに、炎の攻撃を仕掛ける奴がいるなんて、そんな噂はなかったはずだ。 なのに何故、俺は護符を用意した? 鋭い爪がふるわれる。 ガリガリと鎧に傷を残し、衝撃だけでも内臓を揺さぶられるような重い攻撃。 そう。 俺は、一度あれをまともに食らって死んだ。 俺は誰かに、死ぬことを許されず、生きることを与えられた。 おそらく、何度も。 いったい、誰が? 遙かな高見から俺達を見下ろし、俺達を弄ぶ者。
子供の声が、聞こえる。
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