正月も終わり、普段の生活のリズムが戻った頃だった。 僕は仕事を終えて帰り、いつものようにトイレに入った。 奈津子はまだ帰宅していなかった。
トイレで用を足した後、妙に引っかかるものがあった。 何だか、いつもと違う感じがした。違和感がトイレにはあった。
洋式のそれは、便座とその上にフタがあるのだけど、 それが両方とも開いていて、立て掛けられたままだった。
用が済んだら必ずフタを閉じるよう、 暮らし始めた頃、奈津子からうるさく云われていた。
掃除でもして、閉じ忘れたのかと思ったが、 それは几帳面な奈津子らしくないことだった。
その日以降、同じようなことが度々あった。 あえて奈津子に訊ねることはせず、僕は疑心暗鬼になっていた。
僕以外の男が、出入りしていると感じた。 女と違って、男は小用の際には便座とフタを開けるからだ。
一月は行く、二月は逃げる。月が変わり、逃げる二月になっても、 引っ越し先の条件に合う物件はなかなか出回らなかった。 物件までが、逃げているようだった。
駅から徒歩五分以内で、駐車場付。 駅から五分は厳しいかもしれなかった。
思い切って家賃を上げるか、 駅から離れるしかないようだった。
「けっこう有るようで、無いもんだな」
「現実は厳しいわね」
「子供が出来たらまた引っ越すかもしれないから、この際適当な処で手を打つかな」
「そうね……」
「やっぱり、子供部屋も必要かなあ」
「ええ……」
「どうした?最近、あまり元気が無いようだけど」
「そんなことはないわ。私は、いつだって元気だから」
「ならいいんだけど。体の具合でも悪いのかと思った」
「心配しないで」
「ひよっとして、お父さんのことか?」
「なんでもないから……」
奈津子の父親からは月一の割合で実家に連絡があるのだという。 だが、実際に家に帰って来たことはなかった。
一年近くも留守にしているのだから、 奈津子が心配するのも無理はない。
奈津子は何を考えているのだろうか。 僕の留守中に訪ねてくる男のことだろうか? 何を聞いてもハッキリとした応えが無かった。
話をしていても、奈津子は上の空なことが多くなった。 なにより、最近の奈津子はあまり笑わなくなっていた。 二人の間に隙間が出来たようで、僕は不安だった。
その不安を取り除くひと言が云い出せなかった。 僕は臆病に慣れ始めていた。
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