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稲波〜第一部 作者:kig

第7回   玲子の呟き
どうしようか迷ったけど、結局、
昨日はお店には、寄らずに帰って来てしまった。

ママに電話をかけた時、
あの人も店に向かっていると聞いたから。

あの人の前で、取り乱す姿を見せたくなかった。
きっと、飛びかかってあの人を責めただろう。

あの人には、三月に会った時、お願いしたのに……
奈津子と会ってあげてと、あれほど云ったのに。

もしも会っていれば、
奈津子は死なずに済んだかもしれない。

奈津子の顔はピンク色に染まっていた。
不謹慎だけど、アタシはそれが綺麗だと思った。
警察の人は、一酸化炭素中毒のせいだと教えてくれた。

アタシは……奈津子が好きだった。
だからといって、男の人に興味が無いわけでもないの。
けっして、男の人を愛せないわけじゃ……。
だけど、今でも、アタシは奈津子を愛してる。愛してるの。

奈津子はアタシにとって、中学の頃からずっと憧れの人だった。
高校も、アタシは懸命に勉強して奈津子と同じ女子校に進んだ。

奈津子は一年生の時からバスケット部のキャプテンで、
全校生徒の憧れの的だった。

アタシは奈津子に頼み込んでマネージャーになり、
周りからは羨望の目で見られ、優越感に浸ることも出来た。

アタシは身体が小さいから、少し見上げるようだったけど、
奈津子は、いつもアタシに優しく微笑んでくれた。
その顔がとても眩しくて、それだけで幸せだった。

「アタシのこと、好き?」と奈津子に訊いたら、
「好きよ」と云ってくれた事もあった。
四六時中、奈津子の傍に居られたらと思ってた。

大学は点数が足りなくて、
奈津子とは別々になってしまったけど、
アタシたちの関係は変わらなかった。

赤ちゃんが出来た時も、最初に相談してくれた。
だけど、アタシはショックだった。

彼氏とそこまで親密だったなんて知らなかったもの。
アタシは嫉妬した。だけど奈津子が幸せなら、
それでもいいと自分を納得させた。あの時は辛かったわ。

彼氏に妊娠を知らせるのは「もう少し待ったほうがいいよ」と云った時、
奈津子は「どうして?」と云った。とても寂しそうだった。

「どうしても」とアタシが云うと、奈津子は「うん」と素直に返事をした。
それから間もなく、彼氏は倒れてしまった。

もともと身体の弱い人だったみたい。
彼氏はそのまま意識を取り戻すこともなく死んじゃった。
奈津子の妊娠の事実も知ることなく、死んじゃった。

「アタシが余計なことを云ったから、彼、子供が出来たことも知らないで……」
アタシがそう云ったら、奈津子は「玲子は悪くないわ」と泣きながら抱きしめてくれた。

奈津子がアタシのもとへ戻って来てくれたと思った。
それから奈津子は大学を中退し、子育てに専念した。

お腹の子供を戸籍上は弟とする条件で、両親もしぶしぶ納得した。
これは、アタシの提案だった。

アタシが就職した後は、奈津子をアルバイトとしてウチの会社に紹介した。
その仕事ぶりが認められて、奈津子は正社員として採用された。

それからの数年間は、昔と同じようにいつも一緒だった。
奈津子が、あの人と出会うまでは……。

奈津子から「好きな人がいるの」と聞かされて、アタシは戸惑った。

最初のデートの約束の日に合わせて、
アタシは奈津子に急な仕事が入るように、こっそりと段取りをした。

代役として、あの人と会うことに、奈津子は、しぶしぶ承諾した。
あら探しに徹した代役デートだったけど、
残念ながらアタシも少なからず、あの人に好感を持った。

あの人と暮らし始めてからの奈津子は、本当に幸せそうだった。
アタシはそれに満足し、あの人に感謝していた。多少の嫉妬はあったけど。

だけど、あんな形で別れることになって、アタシも悲しかった。
アタシは、また余計な提案をしてしまった。
「ベッドであの人以外の男の名前を呼べば効果的よ」

あの人にも辛い思いをさせてしまった。
アタシは、なんて悪い子なんでしょう。
さすがのアタシも、ちょっぴり後悔したわ。

二人が別れてから、アタシはあの人に会うことばかり考えていた。
だから、足繁く「BAR バク」に通った。

今年の三月にあの人と会えた時は、嬉しかった。
これで、奈津子に笑顔が戻るかもと期待した。

奈津子の名前を出した時、あの人は凄く動揺していた。
懸命に平静を装ってはいたけど……それは奈津子への愛を感じさせた。

それなのに、あの人はアタシの期待を裏切った……。
奈津子と会ってさえいれば……許せない……。

二人で買ったサボテンの話は奈津子から聞いていた。
最後に会った時、奈津子はサボテンをあの人に渡して欲しいと云った。
でも……アタシは渡したくない。だって、奈津子の形見だもの。

だけど、あの夜の奈津子の顔を思い出すと、そうもいかない。
だから、このサボテンは、しばらくの間はアタシが育てる。

あの人には、いずれ渡すから、
それまではアタシの傍に置かせて。
怒らないでね、奈津子……。

一晩中、奈津子のことを考えていた。
悲しくて仕方がない。涙を流しながら、
その一方でアタシは嫉妬している。

……誰に?……誰を?……何に嫉妬している?

別れた後も、あの人を思い続ける奈津子に?
それとも、奈津子を忘れられないあの人に……。

アタシは……自分の気持ちが分からなくなった。
アタシは奈津子を愛していた。心から愛していた。
あの人なんかより、ずっと昔から愛していた。

でも、一番愛しているのは……自分自身なのかもしれない。
アタシは、いったい、何をしているのだろう……。

とにかく、今夜はお店に行かなくちゃ。
あの人もきっと来るだろうから。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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