どうしようか迷ったけど、結局、 昨日はお店には、寄らずに帰って来てしまった。
ママに電話をかけた時、 あの人も店に向かっていると聞いたから。
あの人の前で、取り乱す姿を見せたくなかった。 きっと、飛びかかってあの人を責めただろう。
あの人には、三月に会った時、お願いしたのに…… 奈津子と会ってあげてと、あれほど云ったのに。
もしも会っていれば、 奈津子は死なずに済んだかもしれない。
奈津子の顔はピンク色に染まっていた。 不謹慎だけど、アタシはそれが綺麗だと思った。 警察の人は、一酸化炭素中毒のせいだと教えてくれた。
アタシは……奈津子が好きだった。 だからといって、男の人に興味が無いわけでもないの。 けっして、男の人を愛せないわけじゃ……。 だけど、今でも、アタシは奈津子を愛してる。愛してるの。
奈津子はアタシにとって、中学の頃からずっと憧れの人だった。 高校も、アタシは懸命に勉強して奈津子と同じ女子校に進んだ。
奈津子は一年生の時からバスケット部のキャプテンで、 全校生徒の憧れの的だった。
アタシは奈津子に頼み込んでマネージャーになり、 周りからは羨望の目で見られ、優越感に浸ることも出来た。
アタシは身体が小さいから、少し見上げるようだったけど、 奈津子は、いつもアタシに優しく微笑んでくれた。 その顔がとても眩しくて、それだけで幸せだった。
「アタシのこと、好き?」と奈津子に訊いたら、 「好きよ」と云ってくれた事もあった。 四六時中、奈津子の傍に居られたらと思ってた。
大学は点数が足りなくて、 奈津子とは別々になってしまったけど、 アタシたちの関係は変わらなかった。
赤ちゃんが出来た時も、最初に相談してくれた。 だけど、アタシはショックだった。
彼氏とそこまで親密だったなんて知らなかったもの。 アタシは嫉妬した。だけど奈津子が幸せなら、 それでもいいと自分を納得させた。あの時は辛かったわ。
彼氏に妊娠を知らせるのは「もう少し待ったほうがいいよ」と云った時、 奈津子は「どうして?」と云った。とても寂しそうだった。
「どうしても」とアタシが云うと、奈津子は「うん」と素直に返事をした。 それから間もなく、彼氏は倒れてしまった。
もともと身体の弱い人だったみたい。 彼氏はそのまま意識を取り戻すこともなく死んじゃった。 奈津子の妊娠の事実も知ることなく、死んじゃった。
「アタシが余計なことを云ったから、彼、子供が出来たことも知らないで……」 アタシがそう云ったら、奈津子は「玲子は悪くないわ」と泣きながら抱きしめてくれた。
奈津子がアタシのもとへ戻って来てくれたと思った。 それから奈津子は大学を中退し、子育てに専念した。
お腹の子供を戸籍上は弟とする条件で、両親もしぶしぶ納得した。 これは、アタシの提案だった。
アタシが就職した後は、奈津子をアルバイトとしてウチの会社に紹介した。 その仕事ぶりが認められて、奈津子は正社員として採用された。
それからの数年間は、昔と同じようにいつも一緒だった。 奈津子が、あの人と出会うまでは……。
奈津子から「好きな人がいるの」と聞かされて、アタシは戸惑った。
最初のデートの約束の日に合わせて、 アタシは奈津子に急な仕事が入るように、こっそりと段取りをした。
代役として、あの人と会うことに、奈津子は、しぶしぶ承諾した。 あら探しに徹した代役デートだったけど、 残念ながらアタシも少なからず、あの人に好感を持った。
あの人と暮らし始めてからの奈津子は、本当に幸せそうだった。 アタシはそれに満足し、あの人に感謝していた。多少の嫉妬はあったけど。
だけど、あんな形で別れることになって、アタシも悲しかった。 アタシは、また余計な提案をしてしまった。 「ベッドであの人以外の男の名前を呼べば効果的よ」
あの人にも辛い思いをさせてしまった。 アタシは、なんて悪い子なんでしょう。 さすがのアタシも、ちょっぴり後悔したわ。
二人が別れてから、アタシはあの人に会うことばかり考えていた。 だから、足繁く「BAR バク」に通った。
今年の三月にあの人と会えた時は、嬉しかった。 これで、奈津子に笑顔が戻るかもと期待した。
奈津子の名前を出した時、あの人は凄く動揺していた。 懸命に平静を装ってはいたけど……それは奈津子への愛を感じさせた。
それなのに、あの人はアタシの期待を裏切った……。 奈津子と会ってさえいれば……許せない……。
二人で買ったサボテンの話は奈津子から聞いていた。 最後に会った時、奈津子はサボテンをあの人に渡して欲しいと云った。 でも……アタシは渡したくない。だって、奈津子の形見だもの。
だけど、あの夜の奈津子の顔を思い出すと、そうもいかない。 だから、このサボテンは、しばらくの間はアタシが育てる。
あの人には、いずれ渡すから、 それまではアタシの傍に置かせて。 怒らないでね、奈津子……。
一晩中、奈津子のことを考えていた。 悲しくて仕方がない。涙を流しながら、 その一方でアタシは嫉妬している。
……誰に?……誰を?……何に嫉妬している?
別れた後も、あの人を思い続ける奈津子に? それとも、奈津子を忘れられないあの人に……。
アタシは……自分の気持ちが分からなくなった。 アタシは奈津子を愛していた。心から愛していた。 あの人なんかより、ずっと昔から愛していた。
でも、一番愛しているのは……自分自身なのかもしれない。 アタシは、いったい、何をしているのだろう……。
とにかく、今夜はお店に行かなくちゃ。 あの人もきっと来るだろうから。
|
|