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稲波〜第一部 作者:kig

第11回   お墓参り
三人は朝の十時に八王子駅で待ち合わせ、
ホームの売店で熱いコーヒーを買って電車に乗り込んだ。

四人がけの席には、玲子とママの絵里子が並び、
順一はコートを脱いで、二人の向かいに座った。

「先輩は、また、閉店まで?」

「ええ、脇田さんは玲子ちゃんのファンになったみたいね」

絵里子は「ね!」と玲子の顔をのぞき込んだ。

「そんなことは無いですよ。ママったら」

「だって、玲子ちゃんが手伝ってくれる週末の金土は、必ず顔を出すのだもの」

「もう……、ひやかさないで下さい」

順一は少し驚いた。

「へー、先輩は酒好きだけど、あまり外では飲まないんだけどなあ」

「玲子ちゃんのファンは脇田さん以外にも、大勢いるのよ。順ちゃん、知ってた?」

順一は、「美人揃い」と云った、
昨日の脇田の言葉を思い出した。

(確かに、二人とも綺麗な顔立ちだ……奈っちゃんには敵わないけど)

コーヒーに息を吹きかけて冷ましていた絵里子が、
ニヤつく順一に気づいた。

「順ちゃん、何をニヤニヤしてるの……。あら、そのセーター、見覚えがあるわ」

「何度かこれを着てお店に行ったから……これ、奈っちゃんに買って貰ったんです」

「そうだったの……。奈っちゃん、白が好きだったから……」

「奈津子がそのセーターを買った時、私も一緒だったんです。
一目見て、奈津子はそれを気に入ってしまって……。似合ってますよ、森下さん」

玲子はセーターの袖に手をあてて、その感触を確かめた。

「今まで着てなかったんだけど、今日は奈っちゃんに見て貰おうと思って」

「暖かそうなセーターですよね。奈津子も、きっと喜びますよ。
私は、奈津子が好きだったチーズケーキを持って来たんです」

玲子は上を向いて、網棚を指さした。
すると、絵里子は足もとに置いていた大きな袋を持ちあげた。

「私は、奈っちゃんが大好きだった、コスモスを見せてあげたくてね。
今朝、遅咲きの花を摘んで来たの。赤とピンクに、そして白。綺麗でしょ?」

「森下さん、コスモスの花言葉は知ってます?」

「いや、僕は、そういうのはちょっと……」

「コスモスには、それぞれの色に花言葉があるんです。愛情とか真心とか……」

玲子が順一に教えていると、それに絵里子が続けた。

「コスモスの白は、純潔よ」

「奈っちゃんに、ふさわしい花言葉だなあ……」

(僕が、奈っちゃんの純潔を信じてさえいれば……)

「そうね、奈っちゃんは美人だったけど、心はそれ以上に澄んで綺麗だったと思うわ」

絵里子はそう云うと、車窓に流れる景色に目を移した。

「二人とも、奈っちゃんの為に花やケーキを用意してきたのに、僕は……」

「森下さんだって、奈津子が選んだセーターを着て来たじゃないですか」

「そうよ、順ちゃん。あなたの気持ちは、奈っちゃんも分かってくれるわ」

絵里子は順一の手を握りしめ、じっと見つめた。



奈津子が眠る墓地は、小高い丘の上に見えた。
墓地まで続く道に、車は無理だった。

三人が近くでタクシーを降りて歩き始めた時、
冷たい小雨が降り始めた。東京と比べると気温も低く、
吐いた息は白く凍った。

「ママ、駅で傘を買ってくれば良かったわね」

玲子はハンカチを出して、雨に濡れた頬を押さえた。

「これを使いましょ。三人で相合い傘よ。ちょっと窮屈だけど」

絵里子は折りたたみ傘をバッグから出して広げた。

「ママ、さすがに三人は無理だって。僕はいいよ。大した雨でもないしさ」

「いいから、順ちゃん、早くいらっしゃい」

絵里子は手招きすると、順一に傘を持たせた。

「玲子ちゃんはそっちで、私はこっち。ほら、こうすれば何とかなるでしょ?」

両側から順一を挟んで、玲子は背中に、絵里子は肩に腕を回した。

「順ちゃん、両手に花で幸せね。でも、奈っちゃんが焼き餅をやくかもよ」

「ちょ、ちょっとママ、力を入れないでよ。苦しいよ」

「いいの、いいの」

絵里子は満面の笑みを浮かべて
「きゃあきゃあ」と嬌声をあげながら、
賑やかに小径をのぼった。

佐藤家の墓前に着くと、雨は本降りになった。
絵里子は持参したコスモスを活け、玲子は線香に火をつけた。
順一は手を伸ばして、二人が濡れないように傘をさした。

三人は横に並んで腰を落として、手を合わせた。

(ママも玲子さんも、元気だろ?)

(奈っちゃん。このセーター、覚えてるかな? とても、暖かいよ)

(昨日、奈っちゃんの夢を見たよ。白いドレスが綺麗だった)

(子供の名前が純一クンだと知って、僕の名を呼んで、母親のように接したのも納得できたよ)

(そういえば、二人で買ったサボテンだけど、何処にあるのかな?)

(僕に教えてくれないかな? 育てたいんだ。教えてくれるね?)

(いつか、サボテンの花が咲いたら、見せに来るから。その日を楽しみにしてて)

(愛情を込めて枯れないように育てることが大切……だろ?)

(僕は大丈夫だから。ほら、このとおり元気だろ? これからは再々来るから、待っててね)



三人は、相合い傘で墓前に立っていた。
線香が燃え尽きた時、急に雨が激しくなった。

「そろそろ、行きましょうか」

絵里子に云われて、三人は歩き始めた。
順一が名残惜しそうに後ろを振り返った時、
墓石に刻まれた奈津子の名前が目に映った。

順一は傘を絵里子に手渡すと、一人で墓前まで戻った。

「順ちゃん、濡れるちゃうわ。早くこっちにいらっしゃ!」

絵里子が呼んでも、順一は立ち止まったまま動かなかった。
その様子を見て、玲子は順一の傍まで走り寄った。

「どうしたんですか?」

玲子は順一の呆然とした顔を見て、
ハッとして、背中から抱きついた。

「駄目!駄目よ!しっかりして!」

ただ事ならぬ玲子の叫びを聞いて、絵里子も二人のところへ戻った。

「順ちゃん!どうしたの!」

順一はその場にひざまづき、両手で口を押さえて嗚咽を漏らした。
今まで押さえていた感情が、一気に吹き出した。
墓石に刻まれた「奈津子」の名前を見て、その死を実感したのだ。

(再び奈津子と出会う運命に賭けたのに……、こんな再会なんて……あんまりだ)

順一は、頭を墓石に擦りつけて泣いた。

「奈津子、こんな雨の日には屋台でお酒を飲まなくちゃなあ……。
僕はおでんにカラシをいっぱい付けて食べるんだ。
奈っちゃんはカラシはちょっぴりで、香りが大事なんだろ?
これから、二人して、国道沿いのあの屋台に行こうよ。オヤジさんも待ってるさ」

「順ちゃん……」

絵里子も玲子も、それ以上、何も言葉をかけられなかった。
二人は目に涙を溜めて、ただ、順一を見守るしかなかった。

「奈っちゃん、僕に内緒で歌の練習をしてたんだって?
へへっ。僕は奈っちゃんの事は何でも知ってる。聴かせてくれよ。あの歌を。
あの日、洗濯物を畳みながら、小さな声で恥ずかしそうに歌っていた、あの歌を。
ところどころ音程の外れた、あの歌を。僕の前で、歌ってくれよ!……お願いだから!」

一段と雨が激しくなっても、順一が立ち上がる気配は無かった。
順一は鼻水をすすりながら、声を出して泣いた。
絵里子はハンカチを手に持ったまま、何も出来ずにいた。

「奈津子! 死んでなんかないんだろ?
生きてるなら、僕に会いに来てくれよ!僕を独りにしないでくれよ!
そして、いつもの笑顔を……見せて……くれ……よ……」

絵里子は堪らなくなって、しゃがみ込み、順一の背中を抱いた。
玲子は二人に傘をさしたまま、天を仰いで「奈津子……」と呟いた。

血にまみれて倒れ込む順一の姿を目に浮かべた絵里子は、
イヤイヤをするように首を振り、思い切り、順一を抱きしめた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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