小次郎・十五歳のときである。藩校から帰ってきた小次郎は、竹垣越しに、隣家の剣術のけいこを見る。 日ごろは、顔を背け、耳を防いで足早に逃げるのだが、八重が背中を小次郎の方に向け、兄と対峙していた。小次郎は無意識に近づく。兄が、気合いを発し、上段から木刀を下ろすと、八重は受け止め、払い上げた。すると、兄の木刀は手から離れ、後ろに飛んだ。 「勝負あり!」父親・伝左衛門が叫ぶ。 足軽の事件の後、伝左衛門が兄に稽古を付けていたら、八重が、急にせがんで剣術を教わりだし、いまでは父親も、娘の鋭い太刀さばきを受けられないこともあった。
「八重、お前、兄より筋がいいぞ。これ、左源太! だらしない」 「ですが、父上、八重は女、顔にでも傷を付けると……、ん? 小次郎、日ごろ避けているのに……」 皆が、振り返り、小次郎をみる。 「腰抜け侍、どうした風の吹き回しだ。剣術でも習いたいのか?」伝左衛門が、珍しそうにきいた。 小次郎、かぶりを振り、 「いえ、何だか八重姉さんが、わたしを守って、戦っているような気がして」 「だめだ、こりゃ」伝左衛門はあきれた。 離れる小次郎を、何故か、八重はじっと見つめていた。
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