それから半年経つ。小次郎は十八歳となった。 前年の秋、隣家の八重は、家中の高禄の家臣に嫁いでいる。が、半年すると離縁させられて、戻っている。 日ごろ、顔を会わせるようになるが、離縁の原因を直接聞けない小次郎は、自分の父に聞くと、 「新左衛門(夫)には、なじみの女がいてな……」 夫が剣術道場に通うと言い、町家の女の所へ通っていたのを、八重は知る。 ある日、(あなた様の剣の腕前を見せてください)と言い、勝負したら、主人がうち倒されてしまったのである。 (日ごろのご修行は、こそこそと、どこの道場でなされたので)とひややかに言い放つと、すぐさま、三下り半を出された。 この八重の行為の評判は、家中では芳しくなかったが、主人に裏切られた八重の哀しみを、小次郎は、何となく分かる気がした。
初夏、城の木々に戻ったカラスが騒ぐ頃、商家から帰った小次郎は、竹垣越しに、木刀を振っている八重を見る。うっすらと汗の出た顔に、夕日が差す。美しいと眺める小次郎に気づき、少し照れた表情で、 「木刀を振っているときだけ、いやなことを忘れられるのよ」 「私も算盤を動かしているときだけそうだけど、……。八重姉さん、もらい物だけど、これあげる」懐から、かんざしを出し、竹垣越しに渡す。 「どうしたの?」 「ご隠居を懇意にしていた小間物屋さんのところで、帳面の勘定の手伝いをしたら、礼に好きな物を上げると言われて……、八重姉さんが喜ぶかと思って、これを選んだ……」 「小次郎、ありがとう。わたしのこと分かってくれるのは、お前だけね」 微笑む八重を見ていて、 「ふがいなければ、姉さんを……」思わず、小次郎は口に出しかけるが、
「こら、小次郎、八重に言い寄るには十年早い、さっさと離れろ」いつの間に来たか、横から、八重の父・大橋伝左衛門が吠えると、小次郎は、あわてて、逃げ去った。
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