オレ達が鬼頭の邸宅に着いたのは、十一時半をまわっていた。 その他の人々はもう準備に掛かっていた。その場に置いてあった黒いローヴを着て待っていると、御剣先輩がソファーに腰掛けていたが、物凄い念を感じた。とても話し掛けるような様子ではない。 牧村先輩も目を閉じ、何か呟いているようであった。全員の気迫が凄い…。一体何をしようとしているのか、とてつもない恐ろしさを感じ取った。 「美貴、」話し掛けようとした美貴の表情が一変して目つきが鋭くなっていた。 これは、オレの知っている美貴じゃない。 「やあ、岬 龍一君。来てくれて嬉しい限りだ。ありがたく礼を言うよ」 高飛車な鬼頭が、オレを見つけて声を掛けてきた。 「礼を言われる筋合いはないけどな…」鬼頭と並んで立つのは初めてだった。美貴より少し高い位だから、160あるかないか…。オレは179だからな。身長は勝ったな。 「あえて言うが、オレは美貴に頼まれたから来ただけだよ、部長さん」 「あ〜、飛鳥さまぁー」 ふと振り返ると、どこかで見たような少女がローヴを着て向かって来た。 「私も儀式に参加したいのにー! どうしてぇー?」 飛鳥は一瞬、青ざめた。鱗が部屋から出て来たのだ。 「成人した大人でないとだめだ! ほら、戻りなさい! 言うこと聞かないと鍵かけるぞ!」 (鱗の奴、最近言う事、全然聞かないからな…。困ったもんだ) 鱗を部屋に戻した後、飛鳥は再び戻ってきた。 「…とにかく、オレが司祭長だから絶対命令だ。騒ぐな! 動くな! 神経を集中させろ! どんな事があってもだ! 覚えておけ! でないと、即刻お前を殺す!」 明らかに飛鳥は、龍一に敵対視していた。
全員は、黙ったまま黒いローヴを身にまとい、エレベーターで地下にある「ルシファーの砦」の正位置についた。すると耳鳴りがし、金縛りに合ったように体が動かなくなった。 (なんなんだ? どうなったんだ…) おぼろげに奴の呪文が聞こえる…中央に全裸の女性。
「我は暗黒神殿の主 アスカ・キトウ! 敬愛なる明けの明星ルシファー、もとい『ヘレル・ベン・サハル』にこの乙女の純潔な血を捧げる!」 そう言って、メスを振り上げた。メスを持つ手が震える。ミチルの白いからだ… 飛鳥はメスを床に落とした。(だめだ、どうしても出来ない。君を傷つけるなんて…) それを見ていた美貴は、その場で十字をきり、メスを拾い飛鳥の手に持たせ一緒にミチルの身体を切り裂いた。飛鳥の顔に、彼女の血が飛び散った。 「いやあああー! 助けてー! 飛鳥、お兄ちゃーん!」 龍一はその声を聞いて自分を取り戻した。ミチルの声だ。 「ミチル、ミチル! オレだ! 龍一だ!」 「お・・・にいち…ゃ…ん…」龍一はすぐさまミチルの元に駆け寄った。そして手を握り締めた。 突然の事で、飛鳥も呪文を忘れて呆然としていた。 (お前の、妹だったのか…) ミチルは飛鳥の目を見た。それは、何とも言えない切ない色であった。 「飛鳥…愛してたわ…」そう言うと首がガクンと落ちて動かなくなった。 「…貴様ぁー、よくもオレのたった一人の妹を…許さねえー!」 (待て、冷静になれ、龍一。彼女は蘇る。健康体になって必ず戻ってくる。元の位置に戻れ) 御剣先輩の声…。そうか、死者を蘇らすって事か…。 そして再び呪術を再開した。
(オレの愛するミチル、必ず健康な姿で戻って来い!)彼女の左手の薬指にしっかりとキスした。
「我こそ獣の王、王子にして祭司、我こそ神なり! 守護獣(トーテム)よ! 我の声を、願望を聞くのだ! 目前の乙女、花園 ミチルの新しい生命の息吹を与えたまえ! 全身に新しい血液そして、心臓を与えたまえ!」飛鳥は何度も繰り返し、そう唱えた。 すると、魔方円内に煙のような物がたちこもり、天井までのぼりつめた噴煙は、次第に霧のように薄くなってゆくと飛鳥の守護神、ガルーダが現れた。数え切れないほどの深紅のバラの花束をくわえていた。 「我が守護神、霊鳥ガルーダよ、この乙女、花園 ミチルに、永遠の命を捧げたまえ」 ガルーダは、彼に応えるようにサンスクリット語(旧インド語)で、呪文を唱えると突然姿を消した。 飛鳥がミチルの元にゆくと、切り付けた逆十字の傷はキレイに消え去っていた。 そして息をしているのを確かめてから、神殿解体とカバラ十字を終えた。 飛鳥は一目散にミチルの手足を開放し、自分のローヴを身体に掛けてあげた。 「ミチル、ミチル、オレだよ。飛鳥だよ…。愛してるよ。もう二度と君を放さないよ」 ミチルは、ゆっくりと目を開いた。飛鳥の姿が瞳に映っていた。 「あす…か…」 「ミチル…!」 「私、死んだのかと思った。凄く痛かったから…。夢だったの…」 「…そう、全部、夢だったんだよ。もう君の体は治ったんだよ」 「…嬉しい。これで飛鳥のお嫁さんになれる」 彼は裸のミチルに自分のローヴを掛けてあげた。ふたりは抱き合ってキスをした。 「愛してる、飛鳥…」「オレも、愛してるよ、ミチル」 飛鳥が彼女を抱き上げると、見つめ合い微笑んだ。 その刹那、深紅のバラの花びらが舞い上がった。ミチルの重みは既に消え失せていた。 「ミ、ミチル…」彼はショックの余り、呆然と立ちつくしていた。 今にも涙をこぼしそうな龍一が、重々しく口を開いた。 「あいつが生まれた時、オレは三歳だった。ちょうど桜の花が満開で、春の風が吹くと花びらが舞い、 凄くきれいだった。オレはその時、ミチルと言う名を思いつき、親父に「みちるちゃんって名前がいいなあ」って言ったんだよ。だから本当は『美しく散る』と書いて、美散と読むんだ。中学になってから、自分の名を嫌がって片仮名でミチルと書くようになったんだ」 瞼を閉じると涙がこぼれ頬をつたった。 「…まさか、ミチルがお前と付き合ってたなんて…。夢にも思わなかった…お袋になんて言ったらいいんだ、花園っていうのは離婚したお袋の旧姓なんだよ!」
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