天井までのぼりつめた噴煙は、次第に霧のように薄くなってゆくと飛鳥の守護神、大きな鷲の姿が現れ生きたままの魚をくわえていた。しかもその翼は赤く身体は金色であった。 「我が守護神、霊鳥ガルーダよ、この乙女、伊藤 鱗名に、永遠の命を捧げたまえ」 ガルーダは、彼に応えるようにサンスクリット語(旧インド語)で、何かの呪文を唱えると突然姿を消した。飛鳥は慌てて鱗の元にゆくと、さっきの逆十字の傷は嘘のように消え去っていた。 (鱗…、よく蘇ってくれた…大成功だ)
「今から神殿を解体する」 高鳴る胸を抑え、深呼吸して体を楽にした。アサメイを持ち東を向いて立った。 「我は混沌の砂漠にそびえし神殿の門を閉じん。形なき、姿なき、生まれなき闇の勢力たちよ、時によりて定められたる深き淵に戻りて、我が玉座の前より退くべし!」 そのまま真直ぐ東に進み、地面に向かって空中にアサメイで前回とは逆に上から五芒星(ペンタクル)を描き、「ヤハウェ!」と唱えた。南方へまわり、五芒星を描き、「アドナイ!」西方へ行き、五芒星を描き、「エヘイエ!」北方へ行き、五芒星を描き「アグラー!」と唱えた。 そして東向きに元の場所に戻るとアサメイをさしあげて、頭上にケイオスのシジルを想像した。 「高貴なる暗黒の神殿はここに閉じられたり! 我こそ神殿の主、王子にして司祭、第二の太陽なり!形なき、姿なき、生まれなきものどもよ! 深き淵に帰りても、我が命にそむくことなかれ! 我が求めに応じ、いかなるときにも我に耳傾けよ!」 それからメスに持ち替え、カバラ十字を閉じる。 頭上十センチほどの光輝く球体を想像し、手にしたメスを頭上に伸ばし球体から光を引き伸ばすかのようにメスを額に触れる。 「アテー!」そのまま、胸にメスをおろす。「マルクト!」次は右肩にメスが触れる。「ヴェ・ゲブラー!」左肩にメスが触れる。「ヴェ・ゲドゥラー!」そして胸の前で両手を組み、「レ・オラム!」メスの刃先を上に向け、両手にはさんで「アメン!」と唱えた。 飛鳥の造ったピラミッド形のシールドは『ケイオスのシジル』に吸収されていった。
「諸君、儀式は終わった。成功したと思ってくれ。彼女は蘇った。これはマジックではないんだ。危険な呪術なので、決して一人では行わない事だ。…解散だ。ご苦労…」 飛鳥はとっさに翔の左腕を掴み、寄りかかった。 「部長! 大丈夫っすか」 「いや、体力を消耗しただけだ。それより、鱗を寝室に連れてやってくれないか」 「はあ、分かりました」
皆がいなくなった後、飛鳥は寝室にいた。 「やっぱり、強力な信者を増やさなくては…。間に合わせの人間では駄目だ。オレが参るぜ…」 そうだ。休んでばかりはいられない。鱗の体を調べなくては。 血圧測定器と、聴診器を自分の研究室から持ち出し、すやすやと寝息をたてている鱗の体を調べた。 「うん、血圧は標準。呼吸、心拍数、眼球正常。傷跡は全くなし。後で脳波とレントゲンも撮っておこうか」 「…う・・・ん…」 はっと、振り返ると鱗が寝返りを打っていた。意識はあるようだ。良かった…。このまま、そっとしておいてやろう。今度はシルクの紅いドレスだよ。
翌日、久し振りにミチルに逢いに行った。思ったよりは元気そうだった。 「飛鳥、逢いたかった…」 「オレもだよ、ミチル、愛してるよ」 軽くキスした後、紫苑 鱗の写真と手紙を彼女に手渡した。大はしゃぎしていた。 「うっそー、信じられないよ! ホントにー?嬉しいーっ!」 「それとね、もうひとつ報告したいことがあるんだ。君の病気を治す為に研究して人工心臓を考えたんだ。勿論100パーセント助かるよ。執刀医も一流の人材をアメリカから来てくれることになった。治ったらすぐにでも結婚しよう!一時間でも一分でもミチルの傍にいたいんだ」 「飛鳥…、私、嬉しい。飛鳥、愛してる」彼女の瞳からとめどなく涙が溢れ出た。 「その日が来たら、すぐに知らせるよ」 「うん…」
あれから三週間が過ぎた。 人体実験にされた事も知らない鱗は相変わらず異常も見られず、至って健康体に戻っていた。 オレを兄のように慕い、黒魔術を吸収してゆく能力には 目を見張るものがあった。(三途の川は見てないと言っていたが…)カバラは勿論、エノキアン、ヴードゥー、ケイオス、グリモワール、バードン、アブラメリンなどの呪術を全て覚えてしまった。今では黒いドレスしか身に付けない。 彼女にはもうひとつ、変化が見られた。シャワーを一日に最低三回は浴びている事だ。まあ、汗をかく時期でもあるから、取り立てて不思議な事ではないんだが…。 あの時、何故あんなに体力を消耗したのか、何度考えてもおかしい。誰かが邪魔したのか、それとも異教徒がまじっていたのか…。動物実験なんて軽い物だったけどな。 ちょっと待てよ。御剣は陰陽道だったが、熾天使セラフィムを召喚させたと言っていたな。 よし、ミチルの時は、やはり強靭な力のある奴を参加させなければ…
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