帝都大学超常現象研究部。 岬 龍一は、いつも学食の前で待ち合わせしている美貴が来ない事に、少し苛立ちを感じていた。 「いままで一度も忘れた事ないのに、何でかなぁ、…ったく!」 部室のドアを開けた。おや? 鬼頭の奴がいない。珍しい…。 キョロキョロしていると美貴がいた。声をかけようとすると何やら女子と小声で話をしていた。 傍に行こうと近づいていくと、二人はそそくさと離れてゆく。避けられているようだ。 「オレ、いつものとこで待ってたんだけど…来れないならメールぐらいくれよな」 美貴はオレの目を見ないで俯いていた。何だかそわそわしていた。 「ごめん、副部長になってから忙しくって、大変なんだもん。…うっかりしてた。ホントごめんね」 まるでオレを避けてるように感じた。 (あーあ、やりきれねえなあ。ったく…全部、鬼頭の野郎が悪いんだ) その時、初めて気づいた。御剣先輩が以前、言っていた事…。 『鬼頭は危険な奴だから、敵にまわすな。新年度の部長は龍一が適任なんだけどな』 そしてオレは進級さえ出来たが、年度末の一番大事な時に事故った。それも大型トラックと正面衝突した。相手は飲酒運転、オレが生きてるのが不思議なくらいだ。それから美貴の副部長…。 オレは奴にハメられたのだろうか…。確証はないが、おそらくそうだろう。奴は以前から部長の座を狙っていることを噂で聞いていたからな。恐ろしい奴だ…。 美貴の為に作ったタリズマン(護符)を、例の黒いバイブルに挟んでからそっと部室をでた。 携帯音が鳴った。モーツアルトのアマデウスは、橘 美貴からである。 「ああ、オレだ。人数は揃ったか、ようし。時間忘れるなよ、十二時だからな。翔と橘と、後は琢磨の車三台で来い。それなら十二人乗れるだろう。ああ、頼むぞ」 紫苑 鱗は睡眠薬でぐっすりと眠っている。 飛鳥はその隣に座り、今までの事を思い出していた。 十二歳の時、親父の書斎から『カバラ十字』や『悪魔の書』『アレイスター・クロウリー』の洋書を見つけだし、興味を持った。その時にはもう母は他界していた。友達も作らずに没頭していた。 魔術の書に記された様々な術の効果を調べようと、天候を変える術や自分の願望をものにする術等を試してみたが全て失敗に終わった。でも、呪いの魔術だけは面白いほど成功した。並外れた魔力がそれを可能にしたのか、聖守護天使と対話することが出来き、アブラメリンの方形をもらうことができた。特にそのアブラメリンの黒魔術は、恐ろしいほど的中した。魔術の実践を重ねる度、オレの力が増幅してゆくのが一番の楽しみでもあり、権力を得る自信にもなっていた。 しかし、他言したり他人に見られては魔術が自分にはね返ってくるのだ。それだけは心掛けている。 今日の儀式だけは、今までと全く違う。死者を蘇らせる初めての人体実験。 彼の両手は小刻みに震えていた。歓喜の鼓動が押し寄せてくる。 「…オレは、クロウリーと同じ魔術界最高のメイガス(術士)になってやる。いや、クロウリーの生まれ変わりだ!くっくっくっくっ!!」 そう呟いた途端、飛鳥の目は真っ赤に染まり、耳の形が鋭く尖りまるで本当の悪魔のような姿に変化していた。それは、黒ミサの始まりだった。
時間は刻々と過ぎていった。そして十二時前には呼び出された十二人が既に揃っていた。 十二人の内、六人は橘 美貴を含めた女性。残りの六人は赤井 勝、葉 琢磨、内藤 翔、以下男子部員三名。 そこへ飛鳥が黒装束(ローヴ)で現れた。 「ようこそ、諸君。今宵は新月の前日…黒ミサにはふさわしい日である事を覚えておいてくれ。この日を起点に我々は大きな進展を遂げるのだ。その為には是が非でもこの儀式を成功させなければならない。そしてこのメンバーで構成されるカヴン(十三人パーティ)こそが、新しい夜明けを迎えるにふさわしい大いなる力を保有しているということを知らしめる時が到来したのだ。いいか、よく聞け! 儀式の間はこの俺を司祭長としてすべて従い、私語を慎め! 儀式中は血や内臓の臓物を露にすることが多い。だが、何があって動じることなく直視して従え! もしこれらの事を守れない者が出た場合、儀式は失敗に終わるのだ。その失態は万死に値する。その時はこの俺が即刻処刑にしなければならない。肝に命じておけ。では、ここに諸君らのローヴを用意してある。それを着用し、黒いバイブルを手にしてそこの応接間で待っててくれ」 一同は首を縦に振り、暗黒の時を受け入れる為の準備に取り掛かっていった。
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