鬼頭家の豪邸内
飛鳥は二十畳もある自分用のリビングで、ゆったりとしたソファーに座りけだるさを感じながらテレビを見ていた。歌謡番組で自分よりも若い連中が、踊りながら団体で下手くそな歌を披露している。 (くだらねえ番組だな…クラシックの方がオレには合う…) 彼等の後、華奢で中性的な魅力の少女が出てきた。 「紫苑 鱗(しおん りん)です。新曲『オスレイルの剣』同じタイトルで、私が出ている映画の主題歌です。来月1日から公開です、みんな観に来てください」 ふふん、と笑った飛鳥はこの番組が収録済みのビデオである事を知っていた。 今をときめく鱗が大衆に受けるのは、透き通った天使のような声の持ち主である事と、紫のオーラで 人を惹きつける能力を身につけているからだ。 飛鳥はもう、心に決めていた。紫苑 鱗を手に入れる事を…
携帯の着信音が鳴った。ワルキューレの騎行の音が大きくなる前にすばやく出た。 「部長、上手くいきました。早速そちらに向かいます」 「ラジャー、誰にも見られなかっただろうな? 替え玉はどうだった」 「もう、ばっちりですっ! 彼女そっくりさんですから。睡眠薬も効き目ありすぎっすよ」 「…そうか、術は効いたみたいだな」 飛鳥は笑いを堪えていたが、耐え切れず声を出して笑った。 「ふふっっ、ははは、あっはっはっは!やったぜ!これで禁断の呪術が始められる。これもミチルの為だ。永遠の命を与えられる…」 ミチルの事を思い出した。 先日、たまには外の空気が吸いたいと車椅子で中庭に出た。 彼女が口ずさんでいた曲。 「青空に〜天使のつばさで〜飛んでゆきたい〜愛する〜あなたのもとへ〜」 その日のミチルは機嫌がよく、歌詞にあったように翼が生えて天国へ飛んで逝ってしまいそうだった。 「珍しいね、歌なんて。誰の曲?」 車椅子を止め、オレは近くのベンチに腰をおろした。 「飛鳥…は知らないだろうけど、紫苑 鱗ってアイドルの『天使のつばさ』って曲。男の子みたいな女の子で、すっごく人気あるんだよ!私、大好きなんだ」 言い終わらないうちに彼女の唇を奪った。それからそっと抱いた。 「ミチル、君の夢はなんだ? 何になりたい?」 耳元で小さく呟いた。 「あのね、…飛鳥の…お嫁さん…」涙がオレの頬を伝った。 (待ってろ、ミチル。今の医学では君を助けられない。必ずオレが救ってやる)
小一時間経ち、再び携帯が鳴った。 「部長、着きましたけど…門開けてくださいよ」 「ああ、待ってろ。今すぐ行く」 電話を切ると、自動ドアが開きエレベーターに乗る。一階のロビー行きのボタンを押し、ガウンからいつもの黒いシルクシャツとスラックスに素早く着替え、ドアが開いた。 「おい、前の車、入れてやれ」 「はい。御主人様」若い女中に指示をすると、すぐに車庫に入れ誰にも見られないように三人と紫苑 鱗は豪邸の中に入って行った。 三階の寝室に彼女を運び、選ばれた一年文学の赤井 勝、二年の法学の葉 琢磨、そして龍一の親友である内藤 翔が揃った。こいつらに呪術をかけたのだ。家に着くと解けるように… 「明日の真夜中十二時に待ってるぜ、アレの決行だ。忘れるなよ」 「でも、さっきの女、そっくりでしたね。部長、どこで探してきたんですかぁ?」 赤井が興味津々で茶化すように つっこむと飛鳥は不機嫌な顔を向けた。 「…たまたま、新宿のブティックで見つけたんだよ。で、声かけたら乗ってきた。声も良く似てる。ただ、歯並びが悪かったのでそっくりに矯正させた。もうあの女は本物の紫苑 鱗だと自覚している。簡単なものさ、一種の催眠状態になっているだけだからな」 「でも、あいつが…気づいてるんじゃ…」 翔が口を開いた。 「下見に行った時、オレ、サークル休んだからな」 「…岬 龍一の事か。あいつは勘が鋭いからな…。ま、大丈夫だろう、関係ないことだからな」 飛鳥は、そう心の中で思い込みながらも龍一への敵対心を感じずにはいられなかった。 ベッド寝ている紫苑 鱗を見つめた。薄ら笑いを浮かべ肌に触れた。 彼女はまだ十六歳である。あどけなさを残した純真無垢な少女に魔の手が伸びようとしていた。
|
|