鬼頭 飛鳥は帝都大学病院内の入院室にいた。 彼は医学部外科の研究をしている。母親を癌で失ってから、父親の後継ぎである建築会社の社長の座を拒み続け、医学に没頭した。そしてまた、目前に眠る白く美しい彼女を助けたいと心に誓った。 「ミチル…オレの大事なミチル…。お前は生き続けろ」 透けるような白い肌、長い睫毛、細い腕、細い指…その指を そっと手にして自分の頬にあてた。 初めて会ったのは、去年の患者の臨床医学研究時だった。 心臓に欠陥があり、手術が困難で成功確率はたったの30パーセンテージ、もちろん本人は知らない。 一体どんな人間なのか顔だけでもおがんでやろうと、そっとカーテンを開いたとき、この目を疑った。 天使が舞い降りたような、いや、美の女神が存在していた。オレの心は完全に奪われた。 名前、病室を調べ、医師の振りをして彼女に近づいてみた。花園 ミチルはまだ十八歳だった。 凛とした瞳、よく笑う無邪気なミチル…。 「あ、」 ミチルが目覚めたようだ。 「おはよう、具合はどう? あ、動いたらだめだよ、横になったままでいい」 「飛鳥さん、ありがとう…」 「さんは つけない約束だろ」 そう言って、彼女の左唇の端に軽くキスした。頬がほんのり紅くなる。 「今日はサークルがあるから、また明日来るよ。ミチル」 一瞬に顔色が曇る。長い髪を三つ編みにした彼女のおでこにキスした。 「オレにはミチルしか見えない。愛してるよ、必ず病気を治してあげるよ」 うっすらと涙を浮かべオレをまっすぐに見て頷いた。
帝都大学超常現象研究部。
龍一は講義を終えた後、美貴と一緒に久し振りにサークルへと向かった。 ドアを開けようとした瞬間、数十人の呪文を唱える声が聞こえた。どこかで聞いた事がある…。 ためらう龍一に構わず、美貴はドアを開けた。 (な、なんだ、これは…) 彼が驚くのも無理がない。今までの和気藹々とした雰囲気とはうって変わって、まるで陰気な宗教団体が教祖に懇願しているかのようであった。今までの部員も十五人しかいなかったのにざっと数えても三倍以上に膨れ上がっている。新部長である鬼頭の号令がかかると、皆、黙ったまま椅子に座り、本を取り出し読み始めた。オレに気づいた奴はツカツカと歩み寄り、見下したように口を開いた。 「ふっ、五分の遅刻だな、岬。…まあいい。今日は集会日だ。橘、資料は揃ったか?」 「はい、アンガ―、ケイシ―、メイザーズ、クロウリー…」 「いや、クロウリーは外してくれ」 呟くように美貴に指示すると、資料を抜き取り封筒の中にしまった。 こいつ、一体何するつもりなんだ? そう思った瞬間、鬼頭はオレに振り返りにやりと笑った。 ―心の中を読まれている―思わず背筋がぞっとした。
「諸君、今日は集会の日である。入会後に配布した小冊子は熟読してくれたかな?この通り魔術には白も黒もない。ヨーロッパ中世期には、事あるごとに魔女だと言われ拷問にかけられ火あぶりにされた。しかし、魔術と言っても憎い相手を呪い殺すだけではない。自分を守り、恋人を作ることさえ可能なのだ。…そして、もう既に能力を開花した者がいる。一年文学の赤井 勝、二年の法学の葉 琢磨、もう一人は、副部長の橘 美貴、君だよ」 「えっ?」下を向いて聞いていた美貴は、驚きの余り声がでた。 鬼頭は妖しい眼光で美貴の瞳を見つめ、視線から放たれた魔力が彼女の心を虜にした。 「これからも宜しく、オレの右腕になってくれ」 「…はい、部長…」
龍一はさっきの呪文が気になって、鬼頭の演説など全く頭に入っていなかった。 (そうだ…さっきの小冊子…) オレは美貴の手から黒い小冊子を引ったくり、中身を開き探したが呪文らしきものは載っていない。 表紙には 逆さ十字架が描かれ英語でバイブルと書かれている。 「美貴。お前、鬼頭から何を吹き込まれたんだ?」 「えっ? 今、何か言った?」 まばゆい白い歯を見せて、屈託のない笑顔でオレに答えた。 以前の彼女は、占星術に傾倒していた筈なのに…その時、ふと美貴の首にした星型のペンダントが目にはいった。 そうだ、あれはペンタグル(五芒星)だ!あいつらが呟いていたのは五芒星の儀式だ。 アテー、マルクト、ヴェ・ゲブラー、ヴェ・ゲドゥラー、レ・オラム、アメンがカバラ十字。 そして東西南北に星型を描きながら神の名を唱える。 陰陽道にも出てくる、木、土、水、火、金と循環する五行相剋図と同じである。 オレは、奴から目が離せなくなった。余りにも狂気に満ちた鬼頭の企みに、額から伝う冷や汗を感じた。
|
|