朝、学校に着くと江利子から恋の相談。
授業が終わるたびに、明菜から恋の相談。
昼休みは、祥子から恋の相談。
放課後は、小百合から恋の相談。
初めはそれでいいと思ってた。
人に相談されるのは頼りにされてる事だと思うし、ましてや恋の相談って青春っぽくていいし。
でもやっぱり、いくらなんでも毎日のようにそれが続くと…
「しつこい」
それがあたしの本音だ。
「まぁ、流石に殆ど毎日のように相談されるとね…」
あたしの部屋で、ベッドに寝っ転がりながら香奈枝が言った。
香奈枝は近所に住んでる親友。
最近近くに越してきたばかりなので、幼なじみとはちょっと違う。
香奈枝は違う学校なので、学校での愚痴を一気に吐ける。
「頼りにされてんのは嬉しいけど、みんな男の事ばっか。恋愛話って、たまにするから面白いんだなぁって、実感したよ」
そう言ってガラスのコップに注いだコーラをちびちびと飲んだ。
「恋する女は毎日でも好きな人について語りたいものなのさ」
ふざけた喋り方をする香奈枝にも笑う気がしないほど、あたしはストレスが溜まってた。
「あんたも恋すりゃわかる!」
なんて、適当な事言われて、あたしはソファによっかかった。
「恋なんて、したいと思って出来るもんじゃないでしょ」
「そりゃそうだ」
随分アッサリしたお友達だこと。
お母さんが香奈枝のこと、そう言ってたのを思い出した瞬間だった。
次の日の放課後、小百合からの恋の相談を終えて家に帰る途中、忘れ物した事を思い出した。
回れ右してまた学校に向かった。
学校に着いたのは夕方の六時過ぎ。
大体の部活が終わる時刻だ。
職員室に行くと、もう大体の先生は帰っていて、残っているのは四人だけだった。
教室の鍵を借りて教室に向かった。
教室の鍵を開けて、目的の品をカバンにしっかりと入れた。
すると良く通る、男の声が聞こえた。
「お、ラッキー。教室開いてる」
そう言いながら教室に入ってきたのは、クラスメイトの篠崎君だった。
篠崎君は野球部らしい。
何故なら今、野球のユニホームを着ているからだ。
今日この日がなければずっとわからなかったことかもしれない。
今までプリントやノートを集める時位しか話した事がなかった。
「篠崎君も忘れ物?」
「うん、まぁね。あ、先行っていいよ。鍵閉めとくから」
「いいよ、待ってる。これから着替えなきゃいけないんでしょ?早くしなきゃ。あたしが鍵閉めるよ」
「あー…でもどーせまだおれ残ってるから」
「まだ部活あるの?」
「もう終わったんだけど、おれボールのコントロールがヘタみたいでさ。少し練習してから帰ろっかなって…」
「一人で?」
「うん」
えらい!と褒めると篠崎君は照れたように笑った。
そしてあたしは思いついた。
「じゃあさ、キャッチボールしようよ」
「え?」
あたしの突然の言葉にぽかんとする篠崎君。
「ボール思い切り投げてストレス発散したいし、篠崎君はあたしがグローブを構えた所に投げるように頑張る。オーケー?」
あたしが指をさして聞くと、篠崎君は首を横に振った。
「危ないよ。何処にボールが飛ぶか、俺にだってわかんないんだぞ?」
「そ、だから気を付けて投げてよね」
全く諦める気の無いあたしに、降参したように肩をすくめて
「仕方ないなぁ」
と、彼が言った。
二人の忘れ物、オーケー。
鍵、オーケー。
職員室に鍵を戻してグランドに走った。
学校に入れるのは七時まで。
只今の時刻、六時二十分。
目的地に辿り着くと、篠崎君がプラスチックの箱に山積みになっているボールを一つ拾って掌の上で転がした。
それから彼は、グローブを野球部の部室から二つ取ってきて、一つをあたしに投げた。
「どうも」
二人してグローブを左手にはめた。
「投げるよ」
あたしはグローブを構えた。
彼は意外と普通の投げ方だ。
もっと本格的かと思ったけど…やっぱり手加減してるみたいだ。
そんなにボールも恐くないし、コントロールも充分だった。
「思いっきり投げても良いのに」
そう言いながら思いっきりボールを投げると、篠崎君はいたって普通に受け取った。
「女の子に本気で投げられないよ」
それでもグローブの中のあたしの手は少しじんじんしていた。
それからもしばらくキャッチボールを続けた。
すると篠崎君は途中で壁打ちしだした。
やっぱり、迫力が違う。
あんなボールが頭に当たったら死ぬんだろうな、とか考えながらその様子を見ていた。
篠崎君はそのまま壁打ちしながらあたしに語りかけた。
「ねぇ、清藤さんって彼氏とかさぁ、好きな人とかっていんの?」
「いないよ。あたしは常にみんなの相談役」
「あ、うそ。それってどうよ」
「はっきり言って、ちょっとね。たまにならいいけど、殆ど毎日だから…」
「ストレスも溜まるわけだ」
「まぁね」
じゃあさ、と壁に投げつけて返ってきたボールを拾いながら言う。
「またキャッチボールしようよ」
そして立ち尽くしていたあたしにボールを投げた。
「結構スッキリするだろ?全力投球」
頷きながら投げ返す。
「おれ、清藤さんに当たらないようにって投げてたら、ちょっとコントロール良くなった気もするしさ…ためになってると思うんだ。だから全然迷惑なんかじゃないから、投げたくなったら毎日でも来てよ」
「ありがとう」
「…っていうのは口実だったり」
「ん??」
あたしが聞き返すと、なんでもないよ、と彼はボールを投げた。
そろそろ帰るかと言い出す頃、すでに時計の針は六時五十五分を指していた。
これからあたしは毎日篠崎君とキャッチボールをするようになったりして。
それもいいかも。
そんなこと考えながら篠崎君が着替え終わるのを待っていた。
部室から出てきて、制服姿になった篠崎君に一言。
「明日もキャッチボールしようよ」
いいよ、と頷く篠崎君。
あたしも彼も、最高の笑顔。
まるで…
「カップルみたいだね、おれら」
あたしが言う前に言われてしまった。
篠崎君も同じこと考えてたのか、と少しビックリ。
「あぁ…迷惑?嫌だよねこんな女とカップルに間違えられるのは」
「いや、むしろ…」
言葉の途中で篠崎君は俯いて頭を掻くと、
「あ、やっぱ、何でもねぇ」
と呟いた。
あたしはにやついて
「むしろ…何?嬉しい?」
と追求。
困ったように笑いながら
「ちょっとね」
と、篠崎君が言った。
あたしは大声で笑った。
ストレス100%だったのが、篠崎君との出来事で0%になった。
「おもしろいなぁ、篠崎君」
だから明日も明後日も続けるんだ。
これからも、きっとずっと、君とキャッチボールするよ。
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